「紀行記」の記事検索結果
昔とんぼの旅日記「開かれた医療へ」(1)
2010年07月27日
【PJニュース 2010年7月27日】「昔とんぼの旅日記」の稿を閉じるに当り、「精神病者の受難と再生」なる一文を最後に掲げさせて頂くことにした。“旅日記なのに精神医学?”、看板に偽りありの謗...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(14・終)・バーリのノルマノ・ズベーボ城址
2010年07月26日
【PJニュース 2010年7月26日】ブリンディジでバスから列車に乗り換え、バーリへ向かった。二日間に亘る泳ぎ疲れからか、列車の中では時々瞼が重くなってこっくり、こっくりした。いい気持ち...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(13)・“紅の豚”の海岸線
2010年07月25日
【PJニュース 2010年7月25日】「タクシーが来ました」、フロントの姉ちゃんが呼びに来た。やってきた車は、よくもまあこれで動くものだと思うくらいのオンボロ車で、コロンボ刑事の車よりも...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(12)・チェザレアのホテル附近
2010年07月24日
【PJニュース 2010年7月24日】宮崎駿の「紅の豚」がヒントとなり、ヒョイと頭に浮んだ名案はこうだ。紅の豚の舞台はアドリア海、あの主人公の海の隠れ家は素晴らしかった。誰にも見つからな...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(11)・“ファンフーラ”の銅像
2010年07月23日
【PJニュース 2010年7月23日】思い切り朝寝坊をし、昼下がりの午後にようやくみこしをあげて街に出た。イタリアもここまで南下してくると日射しが強烈になる。カーッと暑い。直射日光に当た...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(10)・レッチェの銀行前の風景
2010年07月22日
ターラントからブリンディジ経由の鉄道でレッチェに向った。六人掛けのコンパートメントは僕一人だけで、靴を脱ぎ椅子に体を横たえるゆったり姿勢で窓外を見た。明るい藍色の海、広々とした...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(9)・ターラント旧市街の露地裏
2010年07月21日
【PJニュース 2010年7月21日】ターラントには旧市街と新市街がある。 旧市街はもともと外海と内海を分かつ長さ1キロの半島にあったが、軍艦を通すため半島の根元に運河を作ったので今は島...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(8)・ターラント軍港を臨む椰子林
2010年07月20日
【PJニュース 2010年7月20日】ターラントへ向かうことにした。マテーラから70キロだ。バスが1日2便出ているというが、ホテルのおばちゃんは出発時刻までは分からないという。バスは駅前から...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(7)・バリサーノ地区・サンタゴスティーナ教会
2010年07月19日
【PJニュース 2010年7月19日】レーヴィの姉の言葉をもう少し続ける。 「あたしは谷底の教会の方へ下りてゆきました。多勢の子供たちが、あたしの後からついてきて次第にその数も増えてき...
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(6)・バリサーノ地区サッシ群
2010年07月18日
【PJニュース 2010年7月18日】2万人もの貧しい人達がこの洞窟住居に暮していた当時、彼らの様子はいったいどんなだったのだろう? すべてが無人の地と化した今となっては、目の前の洞穴の跡か...
