PJ: 石川 雅之
芥川賞狂騒曲
2012年02月13日 07:13 JST
書店は芥川賞受賞作、掲載雑誌が平積みで賑やか(湘南地区某書店にて記者撮影、2月12日) 
【PJニュース 2012年2月13日】芥川賞をいまだに一出版社の新人賞に過ぎない、と斜に構えた言い方で評する向きがある。ある意味正しい捉え方だ。だが、ここに至る経緯を踏まえれば、書籍出版界の一大イベントとしてすっかり定着した社会事象のひとつであると素直に受け止め、その賑わいを楽しむのが穏当だろう。
今回はまた、受賞者のひとりが受賞会見で大いに個性を発揮してくれたことで一段と話題が高まり、加えてもう一方の受賞作が超のつく難解さで対極に置かれるということもあって誠に面白い様相を呈している。このたびは2作品ともいち早く単行本が書店に並んで、多くの好事家がすでに手にしているようだが(記者は立ち読みした、失敬!)、先週末10日に受賞の2作を全文掲載した「文藝春秋3月号」が発売日を迎え、各書店とも大見出しで並べて、あらためての賑々(にぎにぎ)しさとなっている。
低迷する出版界が、それでいくらかでも元気になってくれるのであれば誠に慶ばしいかぎり。今回で選考委員を辞した都知事をからかった受賞者の作品はあっという間に20万部を売って「2000万円、荒稼ぎ」などとネットでもてはやされている。いい話を聞くことの少ない出版界にとっては景気がよくて何よりである。
さて、その受賞作。まずは今回、そのコメントで思わぬ格好で話題をさらった田中慎弥の「共喰い」は、文章、構成とも堅固で緩みなく小説としての体裁よく整った作品である。しかし、父親の影響を嫌悪しつつもそれに支配され、親子して同じ女性と関係を持つという内容は古色蒼然たる自然主義系譜の伝統的手触りで、主題としての新しさは皆無。
手だれた筆致で重厚な雰囲気をいささかも破綻させることなく語りすすめる力量はそれなりに評価されてしかるべきだが、作品自体は既視感横溢で既成のものを打ち破るような斬新さや新鮮味はまるでない。
個人的にはこれが高評価で、受賞作のなかった前回候補となった水原涼の「甘露」が審査の場で最低点というのはなんとも解せない印象である。読後の心地よさまるでなく、次回作への期待感もそれほど大きくは膨らまない。これまでの潮流に新たな書き手が追加されたこと以上のものは特にない、と書くとちょっと言い過ぎかな。
もうひとつの円城塔「道化師の蝶」は、典型的なメタフィクション。『四十日と四十夜のメルヘン』(新潮社)や『私のいない高校』(講談社)等で知られる青木淳悟とツイントップで新しい地平を切り開きつつある新進の受賞作は、端正で品位を漂わせる文章によって人称や時空を定位させることなく独特な風合いの観念世界を書き綴っている。
言語習得や刺繍をめぐって提示されるイメージが鮮明で、それがためそれを何がしかの比喩として理解し、どうしてもその意味を探りたくなってしまうが、そこが落とし穴。差し出されるものをひとつひとつ丹念に受け止め、言葉によって構築される言語世界をそのまま凝視すればよいのだが、それは一種の作法とも称すべき読み方だから、それを解さないとおそらくは意味不明。大雑把な括り方になってしまうが、ネタバレを避けて紹介するならそういう言い方をせざるしかない小説である。
現代詩にしても短歌や俳句にしても正しく理解するには幾許かの事前の「お勉強」が必要で、多くもそうした「しきたり」を承知してとりわけ韻文については難解さを忌避することはないのだが、小説については持てる感性で享受出来ないものには、あれこれ注文を付けたがる、そうした風当たりを真っ向から承(う)けなければならない作品とも言っておこうか。
単行本の売り元である講談社はあえてその難解さを逆手にとって宣伝材料にしているが、読者を多く求めようとするなら売り方は再考するべきだろう。それにしても同じ作者の前回候補作「これはペンです」を理解不能と斥(しりぞ)けた選考委員たちが、委員の入れ替えはあったにせよ、本作に賞を与えたことは慧眼と評したいところだが、主催社の営業方針なのかな、と思えなくもない。
ところで受賞作掲載号恒例の各選考委員の選評は、特に円城塔作品への言及に各氏の個性がよく顕われていて、個人的にはそれらの方が2作品よりも面白かった(再度、失敬!)。とりわけ高樹のぶ子氏がWikipediaを開いて理解の一助にしたという言には大笑い。また、当初から予定されていたとのことだが今回で選考委員を退く、今回重要な脇役となった都知事の芥川賞選考委員会決別の辞は誠に秀逸。自己の価値観への揺るぎない自信に溢れ、相容れないものになんの顧慮が必要かと切り捨て御免の覇気さえ感じさせて、頑固オヤジはかくあるべし、と賞賛したくなる痛快感に満ちている。
残念ながら氏の諸作品には一つとして特別な思い入れが全くないのだが、頑迷さもここまでくれば尊敬に値するなとため息が出たことだった。 以上、受賞作、選評とも諸氏の一読を乞う。【了】
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