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PJ: 石川 雅之

八月の終わりの日、独立系映画館「フジサワ中央」が閉館=神奈川・藤沢
2010年09月01日 06:38 JST


最終回終映後も、閉館を惜しむ人々はスクリーン前から去り難い様子だった(撮影:石川雅之、8月31日) 

【PJニュース 2010年9月1日】神奈川県藤沢市で唯一の独立系映画館として興行を続けて来た「フジサワ中央」が、8月31日(火)夜、60年にわたった営業を終了した。

創業は昭和25年4月。いまだGHQによる映画検閲が行われていた戦後の映画ブーム到来前夜とのことで、昭和30年代の映画界活況の頃は劇場周囲の行列は当たり前だった、と往時を知る人は一様に懐かしむ。おそらく、全国各地に同じような映画館が存在し、土地土地の人々に愛されていたはずである。そしてそれらはシネコン隆盛の今、細々と灯し続けていた火を消すようにして閉館のときを迎えている。

宮沢りえ主演で2007年に映画化された浅田次郎の『オリヲン座からの招待状』(「小説スバル」1997年1月)やジュゼッペ・トルナトーレの傑作『ニューシネマ・パラダイス』(1989年日本ヘラルド配給)などで抒情的に描かれているように、消え行く映画館をめぐる想いは洋の東西を問わず普遍的な心情である。

藤沢には最近まで駅周辺だけで9つのスクリーンがあった。村上春樹が「冬になると石油ストーブで暖房していた(中略)変な映画館」(『村上朝日堂 夢のサーフシティー』1998朝日新聞社)と書いた学校の視聴覚室を思わせる小規模館(というより小屋)の「みゆき座」から1935年に創業し2007年まで70年以上の歴史を誇った「オデオン座」まで、その形態は様々だったが、湘南地区の中心をなす市街地にふさわしい文化的佇まいであった。

しかし、時代は移り、文化の様相も多岐に及んで、映画館そのものを支える人々の思いや行動の形態を確実に変容させた。経済の状況の影響は特に大きい。「フジサワ中央」閉館の大きな理由の一つは、同館収容ビルからのテナントの撤退だったという。40万人規模の都市といえども映画館ひとつ支えきれぬ景気の現況、ということなのである。

最後の上映作品はスタジオジブリの新作『借りぐらしのアリエッティ』(米林宏昌監督、東宝配給)。メアリー・ノートンの名高い小説『床下の小人たち』(1956年岩波少年文庫)を原作に、そのほんの僅かなエッセンスを膨らませた同映画は、7月半ばに公開され、公開4週で興行収入40億円超、観客動員は6週で600万人を突破して、7週を数えてなおランキング上位を維持し続けている(興行通信社調べ)。誠に賑やかな数字の並びではるが、ひと月前に閉館を告知した映画館を連日満席にすることはなかった。それでも最終日まで客席に子どもたちの声が聞こえていたのは救いである。

祖父の代から家族で密やかに暮らし続けて来た小人のアリエッティの一家は、病気療養でひと時転地のため訪れた少年に見つけられて外の世界での暮らしを余儀なくされる。個人的には「佳作」とも評し難い仕上がりだが、決別と旅立ちという終幕は、最終上映にふさわしいある種の「餞別」となったことだろう。

世情は政権党内の鍔迫り合いで喧(かまびす)しく、円高株安で先行き不透明な情勢の着地点はまるで見えないまま記録的な暑さはいつになっても止みそうにない。そんな2010年8月の終わりの日に、夏の代名詞ともなる「湘南」の一都市から映画館がひとつ静かに幕を下ろし、消えて行った。 そう記憶されたい。

最終回には閉館を惜しみ、100を超える観客が席を埋め、終映後もスクリーン前やロビーのメッセージボード前でカメラを構える姿がいつまでも絶えなかった。【了】

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