PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記 - イタリア南部・スケッチ編(14・終)・バーリのノルマノ・ズベーボ城址
2010年07月26日 08:07 JST
バーリのノルマノ・ズベーボ城址(Castello Normanno-Svevo)、画:石川信義 
【PJニュース 2010年7月26日】ブリンディジでバスから列車に乗り換え、バーリへ向かった。二日間に亘る泳ぎ疲れからか、列車の中では時々瞼が重くなってこっくり、こっくりした。いい気持ちで居眠りをしているうちにレッチェに着いた。
レッチェの駅で20歳台後半かと思える日本の青年が乗り込んで来た。いささかずんぐりむっくりの体格で、背中にバカでかいザックを背負い、前に小さなザックを前抱えにしている。その格好があんまりチンケなので思わず笑ったが、その青年が僕の姿をみつけて近づいてきた。
「日本のお方ですか? ここへ掛けてお話してもよろしいでしょうか?」
ええ、どうぞ、と僕は答え、それから二人の間に会話がはずんだ。
聞けば、彼は関西の高校の社会科教師で、7月末に日本を発ちウズベキスタンを2週間歩き、それから飛行機で南下してレッチェまで来た。あと3日間この辺りを歩いて25日後には日本に戻るのだという。
「中央アジアとイタリア南部?」
随分かけ離れた旅行地の選び方だなァと感じ入った。ちょっとこの人、おかしいんじゃない?
彼は話し続ける。
「毎年、夏はあっちこっち約1ヶ月間外国を歩くことにしてるんです。見聞を広めたいと思って‥‥。そのために私は一所懸命1年間貯金をします」。
ほう、それは感心なことだが。それで今度の旅は何処が一番良かったですか?
ウ、ウズベキスタンです。ブ、ブハラやサマルカンド‥‥。モスクが立派なんで、か、感心しました。
そうでしょ。あの辺のモスクのドームの青は類いない美しさでしょ?
そ、そうなんですヮ。ほ、ほ、本当に青がきれいでした。
彼はその時の感動を懸命に伝えようとするのだが、一所懸命のあまり言葉に力が入りすぎて「ド、ド、ド、ド」と吃ってしまう。ど、ど、ど、どうしてあんなにウ、ウ、美しい色がででで、出来るんでしょう‥‥。
そのうちどうした加減か話が教育論になった。彼のしゃべり方に一層熱が入る。
い、い、今の教育は、だ、だ、駄目です。きょ、きょ、教師の質がも、も、も、問題で‥‥。
この青年は大変に教育熱心な教師に見えたが、吃ることを度外視しても一方でちょっぴりトロいところがあって、話のピントが微妙にずれる。彼の話し方はどう見ても“舌鋒鋭く”でなく、焦点が拡散して間が抜ける。「お人好し」、そんな言葉が彼にはぴったりだったから、些か月並みな教育談議だったが、ふむ、ふむと彼の話を真面目に聞いた。
列車がバーリに着いたら、「これからマテーラに行く」と彼が言い出した。マテーラについての僕の話を聞き、彼の中に猛烈な好奇心が湧いたようだ。
マテーラ行き列車の出るまで3時間の待ち時間があったので、御馳走しようと彼を昼食に誘った。「え、嬉しいなァ!」、大小のリュックの間に埋まった彼の顔が大きく崩れた。とにかく邪鬼のない人なのだ。僕はこの青年が大いに気に入った。
3時間、旅の話だった。彼は僕が話したスペインの巡礼路に強い興味を示した。ピレネー山脈からスペイン西端のサンチャゴ・デ・コンポステーラに至る巡礼路は、僕がもう一度行ってみたいと思っている場所のひとつだ。この道のここかしこに点在するロマネスク教会と、その柱頭に刻まれたロマネスク彫刻が実に面白い。
それらを見て辿るだけでも巡礼路に行く価値があり。僕はゴシックやバロックに較べてロマネスクがどんなに素朴で心和ませるもんであるかを熱心に彼に説いた。
「ではいずれまたどこかの旅の空で‥‥」
何度も握手をして彼と別れた。彼は今でも夏になると外国を歩いているのだろうか?
彼と別れてノルマノ・ズベーボ城址をスケッチした。この旅の最後の絵だ。翌日、ミラノに飛んで二泊した。ミラノでのお目当ては、ミケランジェロの「未完のピエタ像」にもう一度お目にかかることだ。因みに「ピエタ」とは、聖母マリアが磔刑で死んだキリストを膝に抱えて嘆いている姿を表した絵画や彫刻のことを言う。
ミケランジェロのピエタはバチカンにあるものが一番世に知られているが、彼は生涯で4体のピエタを彫った。ミラノのピエタは未完のままで終らせている。
僕はこの未完のピエタが好きで、ミラノに行くといつもミラノ城を訪れてこれを見る。今度も行ったが考えた。何故未完なのに僕はこの像に魅せられるんだろう?
この像はマリアとキリストの目がよい。見る角度によってひどく美しく見える。次に、未完だから荒削りのノミの跡が生々しい。その彫り跡を見ていると、恰(あたか)もミケランジェロがいま目の前でピエタを彫っているかの如く僕の目には映る。つまり僕はこの像とミケランジェロを一体の姿としてひっくるめて見ているわけだ。この像の上部には一本の腕が彫り残してある。彼はここに何を彫ろうとしたのだろう? それは僕の想像力をかき立てる。
「未完のピエタ」を見ている時、ひょいと、今日が誕生日であったことを思い出した。迂闊にも自分の誕生日をすっかり忘れていた。
Congratulation! (おめでとう!)と言いたいところだが、この年になると誕生日なんか「冥土の旅の一里塚」だ。お目出度くともなんともない。「もういい加減この辺でいいんじゃないかな?」と思うこともある。なんてったってもうキリスト様の2倍以上を生きてきたのだから‥‥。
(ミケランジェロを見ていたら、突然、日本の仏様の像をみたくなった。それで僕は、日本に戻った当日に空港から奈良に直行、室生寺に行った。室生寺で、十一面観音、文殊菩薩、釈迦如来、薬師如来、地蔵菩薩の五体の仏様がずらりと並んでいるところを見たい‥‥。
釈迦如来にあらためて感動をした。光背の色と如来の胸下から足元にかけての薄紅色の衣の色、その絶妙な調和にほれぼれ見惚れた。
日本の仏の姿に較べれば、ミケランジェロのピエタなど、僕の中では遠く及ばないことを再確認した)
(イタリア南部・スケッチ編 終わり)
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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