SakuraFinancialNews

Updated: Apr 23 00:41    

HOME > (686) > 昔とんぼの旅日記 - 雲南からラオス...

PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記 - 雲南からラオス編(44)
2010年02月07日 07:23 JST


(画:石川信義) 

【PJニュース 2010年2月7日】夜はホテル前にある川っぷちのレストランへ行って、えびの炒めとトムヤン・クムを食べて、そのままホテルへ戻ってきた。「新潮文庫」(上・下)の「国銅」、奈良の大仏の作られていく様が手にとるようにわかって、面白く読んだ。

ボヤーッとすごすには小難しい本よりはくだけたものがよい。桐野夏生の「顔にふりかかる雨」を読み出した。三分の一くらい読んだところで眠くなって電気を消した。電気を消したあとベランダに出てみた。空は満天の星。タイ側とラオス側では灯火の数に圧倒的な差がある。あらためて、ラオスの貧しさを思った。

2006年12月8日(金)[チェンセーン]

今日はまったく、何もしないですごした。

(雲南省を南下、ラオス入り、ミャンマー国境沿いのメコンを下降してフェイサーイまで)、これでもう今度の旅は終わったようなものだ。それにしても少々タイに早く着きすぎた。こんなことなら、昆明から、麗江・大理方面を少し歩ってから南下を始めればよかった。ラオスの北部は、(交通手段がどうなっているか)(どのくらい時間がかかるか)(乗り物をつかまえるのに難儀するか)そんなことが分からないから、少々、先を急ぎすぎた。

暇だから、国境カジノにちょっと足が向きかけたが、やられてすってんてんになり、ミロさんやクノリ君にごちそう出来なくなっても困る。年をとったせいか、最近、僕は賭博にあまり興味がなくなっている。昔なら、カジノと聞いたとたんにふっとんで行き、朝までやってスッカラカンになっていたろう。年をとると、「オノレノホッスルトコロニシタガイテ、ノリヲコエズ」となる。つまらん!

夕日が落ちたあと、メコンが次第に闇の底に沈んで行き、行き交いする船の灯りがトントントンというエンジン音を立てて移動していく様がpeaceful(平和)そのもので、ベランダに座って、長いことそれを見ていた。

夜は李白の詩を読んですごした。

2006年12月9日(土)[チェンセーン〜メイサーイ]

チェンセーンからメイサーイへバスで移動した。メイサーイは、タイとミャンマーの陸伝いの国境検問所のある町だ。10数年前にも来たことがある。ただし、外国人旅行者はここからミャンマーには入れない。ミャンマー軍事政権は、地続きで外国人が入国するのを認めない。

メイサーイへ着いて、ここもあまりの変わりように驚いた。観光バスが連なって観光客が溢(あふ)れかえり、それを目当ての大きなミヤゲ物屋は立ち並んでいる。10数年前は店も屋台のような貧弱なものだったし、人もこれほど多くはなかった。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。海軍兵学校78期

PJ募集中!みなさんもPJに登録して身の丈にあったニュースや多くの人に伝えたいオピニオンをパブリックに伝えてみませんか。



関連記事:
タグ:
pagetop

PJ 記者