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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記 - 雲南からラオス編(41)
2010年02月04日 07:00 JST


(画:石川信義) 

【PJニュース 2010年2月4日】あれこれ話をしながら足のマッサージをしてもらっていたら、近所のおばちゃんたちが、入れ代り立ち代り4人、5人と家の中を覗きに来た。彼女らはおばちゃんに声をかけ、おばちゃんが二声、三声答えるとさっさと帰っていってしまう。

「何なの? 」と尋ねたら、おばちゃんは笑って、「シンちゃんとナナちゃんのお父さんが日本から来たのか? と聞きに来るの」。

どうやら、僕が荷物を持って店の前に佇み、それからおばあちゃんと手を取り合って喜び合った様子を誰かが見ていたらしい。その話がさっと近所中に伝わったのだ。

いまこの旅日記を書いているホテルはおばちゃんに連れてきてもらったホテルだ。1泊1000円の安ホテルだが、広いベランダがついている清潔な部屋だ。

目の前にメコンが流れている。

「夕飯もってくるよ」そう言って、おばちゃんは帰っていった。久しぶりに髪と体を洗い、ラオスを歩いている間ずっと着ていた下着や靴下を洗濯した。さっぱりしてベランダの籐椅子にねそべり、メコンの流れを見る。シエンコックからの激しかった急流がウソのように、ここでは、ゆったりとメコンが流れている。川幅は500メートルくらいありそうだ。

メコン上流の山の端に太陽が落ち、夕映えに水面が染まる頃、おばちゃんがシンちゃんと連れ立ってやってきた。おもち持ってきました。炊きたての「もち米御飯」とレバーの唐揚げを手にしている。

シンちゃんは14才。色白でほっそりと小さい。

「ナナちゃんは私に似て少し肌が黒いんですが、シンちゃんはお父さん似で肌が白いです」とおばちゃんが説明する。

「こんにちは」、とシンちゃんは日本語で僕に挨拶したが、あとが続かない。4-5才で日本を離れたから、日本語は殆んど忘れてしまったようだ。おばちゃんの通訳で話をした。

「将来は警察官になりたい・・・」「へぇー、どうして?」「悪い人をつかまえるんです」。まだ子供なのだ。運動は「ピンポン」が好き。学校ではNo.1なのだそうだ。来週はチェン・マイへ修学旅行に行く。楽しみにしている。「チェン・マイのお寺には、スリランカから渡来の、ヒスイで作られた仏陀の像がある。あれはなかなかよい像だから、よく見ておいで」。

僕は修学旅行のお小遣いと「日付温度計つき」の僕の電子時計をシンちゃんにあげた。ナナちゃんには「和風ハンカチ」とお小遣いだ。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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