PJ: 三田 典玄
スパコンは「小さな政府」に頼るな
2009年12月01日 07:00 JST
ごらん、あっちの山がなんだか騒がしいよ。。。 (撮影:三田典玄 2005年/井の頭公園にて) 
【PJニュース 2009年12月1日】最近のCPUはPCに載っている民生品でも、その演算速度がそろそろ電子の移動速度に近くなっており、簡単には計算速度がこれ以上は上がらない、というほどになっている。そのため、PCでも2つとか3つ、4つのCPUを1つのパッケージに入れたものが出てくるようになった。つまり、計算の速度を上げるために、複数の処理を並列して行うようになったのだ。
また、そのCPUの中のハードウエアも、単に計算速度を速くする、という以上のさまざまな仕組みが工夫され、開発されてきている。ちなみに、メモリーの中にため込まれる情報を抱えた電気の単位も既に電子数個分、というくらい小さくなっており、そのために小さなチップに多くの情報をため込めるだけではなく、情報の読み取りや書き出しの速度も非常に速くなっている。これも計算速度を加速していることは言うまでもない。
これらの新しい仕組みを組み合わせて、さらにあるかたちの計算がより速くできるようにして、より計算の性能を高くしたものがいわゆる「スーパーコンピューター」である。現在私たちが使っているPCの中のCPUはせいぜい数個だが、スーパーコンピューターではそれを数百個やそれ以上組み合わせる。ものによっては数万個、というものもある。さらに、これらの多数のCPUにより速くデータを提供し、より速く計算をさせ、より速く計算結果を取り出せるようにする仕組みのところに、さまざまな工夫が凝らされている。もちろんハードウエアだけではなく、スーパーコンピューターを使うためのソフトウエアにも多くの工夫が施されている。
スーパーコンピューターとは、クルマで言えば要するに直線コースをいかに速く走るか、という目的だけに特化したレーシングカーのようなものだ。ただし、その用途は膨大なデータの計算を短期間に行う、というものであるため、金融工学、気象予測など、いくつかの分野にわたる。
このスーパーコンピューターの世界では金に糸目をつけず、CPUのチップからなにから専用のハードウエアを設計する、ということが最近までは普通だった。しかし、現在では「速度」と「コスト」の兼ね合いが重要になってきており、そのために民生用のPCで使われているCPUを組み合わせた「スーパーコンピューター」も非常に数が多い。現時点での世界のスーパーコンピューターのTOP500では、そのほとんどが秋葉原でも買えるPC用のCPUを使ったものになっている。
「事業仕分け」で「スーパーコンピューター」の予算を大幅削減した、というニュースは関係各所のみならず、日本の多くのところで賛否両論を呼んだ。その議論も終わらないさなか、今度は長崎大学の浜田剛助教らが開発した「安価なスーパーコンピューター」が、米国電気電子学会の「ゴードン・ベル賞」を受賞した。このシステムの開発費用はたった3800万円。対して、世界最速を目指した「汎用京速計算機」プロジェクトの総予算は1000億円を超える。
いったい、なににこの膨大なカネが使われているのか?という疑問がわいてくるのは詳細な内容が伝えられていなければ自然な流れだ。また、今年5月には、この「汎用京速計算機」プロジェクトからNEC、日立製作所が抜け、現在残っているのは富士通だけだ。さらに、NECは米国インテル社とのスーパーコンピューターの共同開発プロジェクトに参加する、という。はたから見れば「汎用京速計算機」プロジェクトはメーカーに見放されて破たんしたように見えてもおかしくはない。「予算削減」が言われる昨今にあってなににお金が使われているのだかわからない「金食い虫」はやはり許されない、と見るのが当然だろう。
一般的に、日本ではこういったすぐには利益を生まない学術研究分野の学会や業界は国の予算でその研究費の多くを賄っていることが普通だ。そのため、ある人に言わせれば、学会そのものが「サル山」のような状態となっている、という。つまり、学会の権威と言われる先生方が国から予算をとってきて、それを自分の学会の内部の研究者や業界に配分する、という図式になっている、というのだ。今回の「削減」は、この学会全体を潤す予算をいかに減らすか、というところに切り込んだため、学会やその周辺の企業などの存続を危うくするものであることは論をまたない。トップの先生方が怒るだけではなく、事業仕分け人が学会やその関係者から総攻撃を受けるのは必至であったと言えよう。
米国や欧州ではこういった巨額の予算が必要な研究プロジェクトでも、国の予算に頼らずに研究を行っている私立の研究機関や企業がいくつもある。独立の研究所であれば、その運営費の多くは関連分野の企業などからの寄付による。今後はこういった巨額なお金を必要とするプロジェクトを国が主導するのではなく、国をまたいだ企業などの連合でこれらの巨大プロジェクトを行う、ということが必要だろう。国そのものが「ちいさな政府」を目指している以上、いつまでも国に頼っていては、やはりこういった研究予算も限られたものとなるのは当たり前ではないだろうか。ましてやこの経済情勢である。そして、学会や業界は、これからその収入を国だけに頼らない部分を大幅に増やすしかないのだろう。これからの学会のトップの方々の苦労もまた、増えるのは必至である。
今回の「事業仕分け」は詳細には穴だらけであることは明白だが、一方で国民の血税の行方を国民自身が目の前で見られるようになった。これはやはりなににもまして評価したいと思うPJであった。【了】
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