PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(56)
2009年12月17日 15:46 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年12月17日】この博物館には本館と別館がある。本館はイスラム化以前のもの、別館はイスラム化以後のものの展示だ。別館も見た。ガラス器、木彫、石彫、細密画、いろいろあった。14-15世紀のコーラン装飾本もあった。ヨーロッパ中世の聖書装飾本に比べると、こちらの方が装飾が少なく簡素であっさりしている。どちらが良いとは言わないが、神の言葉の重みを表現するには文字中心のイスラムの方かもしれない。
写本と言えば、コーランを写本する人は神経をすり減らすとか。一文字でも間違えると手ひどく罰せられるからだ。ちなみに、コーランはアラビア語とアラビア文字に限る。その他の言語に翻訳することを認めない。アッラーはアラビア語でムハメッドに啓示を垂れたのだから、その他の言葉ではアッラーの言葉ではないというのだ。対して、ムハメッドの言語録の「ハディース」は、勿論、各国語に翻訳されている。
ここまで書いたら、サルマン・ラシュディ著の「悪魔の詩」を訳した筑波大助教授が、ホメイニの死刑宣告で何者かに暗殺された話をひょいと思い出した。たしか、筑波大学の構内で喉笛をかっ切られたのだった。こわい話だ。でもこわいだけに、イスラム教徒の信心深さを一層思い知らされる事件だった。
ガラス器も見た。奈良の正倉院にあるものとよく似ていた。正倉院には古代ペルシヤ染織物もたくさんあったように思うが、同じような布切れもあった。駱駝の背でシルクロードから遥々東の果ての日本まで運ばれた遠い昔を思った。そう言えば、京都の祇園祭の山鉾もペルシヤ絨毯で飾られている。
ガラス器の展示で特注ものは、涙壷だろう。妻が戦に出掛けた夫を偲んでこぼした涙をこれに入れたという。首の長い壷で、口の形が眼科の目洗いの受け皿みたいになっている。この壺をわざわざ目に当てて、オイオイ泣いたのかと思うと、悪いがその滑稽な姿が目に浮かんできて、思わず笑ってしまった。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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