PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(53)
2009年12月14日 12:00 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年12月14日】「だいたい、アメリカはなんだ! イラク侵攻の時、石油省の建物や石油施設はいの一番に守ったくせに、ペルシヤ博物館はほったらかしだ。おかげで人類の貴重なペルシヤ遺産が失われちまったじゃないか。文化を大切にしねえ奴が、イラク人を野蛮なんて言う資格ねえよ!」
二人はさらに沈黙。よし、こうなったらトコトン、アメリカをやっつけるぞ。
「ブッシュは、テロは卑劣、テロには屈しないなんて言ってるがね、当のアメリカがCIAの黒幕使って、南米で散々テロをやらかしてるじゃあないか。あれを貴方たちはどう思ってるんですか。アメリカはテロの批判言えた義理じゃないですよ」
この話は二人とも知らないらしく、少々鼻白んで言い返した。
「でも、貿易センタービルでは、多勢の無辜(むこ)の人が犠牲になった。戦争もしていないのにいきなりでしょ。あれはひどいと思いませんか?」
「そりゃあ、亡くなった方はお気の毒と思いますよ。でも、ブッシュは怒り狂うあまり、アフガンやイラクのもっと多勢の人を不幸のどん底に陥れた。それより、アメリカは、なぜ自分たちがそんなに狙われるのか、とっくり一度考えるべきですよ。反省すれば、テロも減るさ。犯罪者集団だと一方的に決めつけてやっつければ、向こうだってやり返す。一寸の虫にも五分の魂だ」
「いや、ゆずりません。テロにはアメリカは決して屈しないですよ」
ええ、ええ、お偉いことですよ。勝てば官軍。一瞬、日米戦のことが頭をかすめて、頭に血が上った。
「貴方がた、無辜の人って言いましたがね、戦争ならいくら無辜の人を殺してもいいの? 一般市民の意図的な大量殺戮の初めは、ヒットラーのゲルニカ爆撃だった。アメリカだって同じことやってんですよ」
「日米戦の東京大空襲のこと知ってる? 東京の下町の人を全部焼き殺そうとたくらんだんだぜ。爆撃機B29から計画的に焼夷(しょうい)弾を円型にばらまいた。円の中にいた何万という一般市民が狙い通り焼け死んだ」
「広島、長崎の原爆投下だってそうだ」
「原子爆弾の威力を見せ付けて降伏を促す意図だったら、予告して無人の場所に一発落して見せれば済んだことでしょ。それでも日本が手を挙げなかったら、それから使ったっていい。アメリカはね、自分の国の兵隊にだけ『人道的』だったんですよ」
あれ、このせりふ、どこかで言った覚えがある。そうだ。広島原爆記念館で、外国人向け原爆記録映画を見終った時、そこにいた40人くらいのアメリカ人ツアー客の前で、思わず演説ぶったせりふだった。声涙ともに下るの演説だったから並み居る人たちはみんなうつむいてしまった。同行したイタリア・トリノ改革派精神科医のピレラだけが、そうだ、そうだと言ってパチパチっと拍手してくれた・・・・。
二人はうつむかなかったが、真っ赤な顔して口を尖(とが)らせて言った。
「だってあの戦争を仕掛けたのは日本の方だぜっ。俺たちだって知ってる。パール・ハーバー!」
参りました。弁解しようもありません。
「そうです。日本も悪かった。たくさんの国に迷惑かけた。軍国主義時代の日本は、私も恥じています」
素直に認めたら、二人の表情が和らいだ。
仲直りの潮時かな。矛を収めた。
「まあ、それぞれ利害はあるでしょう。でもそれを乗り越えて互いを尊重し合うしかありません。世界に平和が訪れますように!」
毒にも薬にもならんことを言って終わりにした。二人の青年も、もう一度よく考えてみると言い、明るい笑顔を見せた。アメリカ人らしいお人よしの笑顔で、ほっとする。互いに暖かい握手をして別れた。
「Have a nice time!」
歩いてホテルへ戻った。歩きながら、さまざまな思いが交錯した。ぼんやりしていて車にはねられたら絵にもならん。注意しなくては。
テヘランには、ほとんどと言ってよいほど、信号がない。通りはひっきりなしの車の列だ。この車の列の中を横断する術も、来た時から比べればだいぶうまくなった。横断する時は急ぎ足ではいけない。ゆっくりゆっくり歩く。そうすれば車の方がスピードを緩めてくれるのだ。僕はもうすっかりイラン通だ。
ホテルへ戻って、ここまで書いた。今日はテヘランへの移動日だったから、一枚もスケッチをしていない。スケッチはもういい、13枚も描いた。明日は、考古学博物館だけを見に行くつもりでいる。
どうしたわけか、冷房が止まってしまって少々暑苦しい。窓を開けたら、涼しい夜風が入ってきた。もう夜も遅いし、フロントに言うのも気の毒だ。今夜は窓を開け放って眠るとしよう。車の音が少しうるさい。年々、僕はこうしたことに寛大になってきている。昔ならとっくに文句を言ったところだ。これも齢のせいなんだろう。よく言えば、悟りすました仙人。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。海軍兵学校78期
PJ募集中!みなさんもPJに登録して身の丈にあったニュースや多くの人に伝えたいオピニオンをパブリックに伝えてみませんか。

