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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(46)
2009年12月07日 09:17 JST


(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年12月7日】「貢ぎ物」の方、は三層にわたって、使者の行列がずらりと刻まれている。ペルシヤ王に向かって進む使者は23カ国で、それぞれがお国ぶりの衣装をまとう。天秤に吊して壷(つぼ)を運ぶ一団はインドで、貢ぎ物はスパイスだ。象牙を捧げ持つのはエチオピア、金の腕輪はレバノン、葡萄酒はフェニキア、馬はアルメニア。牛やら羊やら駱駝やら、各国の使者がそれぞれの物産を持って歩いている。ペルシヤ王はさぞ御満悦だったろう。なんてったって、この頃のペルシヤは、西はエヂプトから東はインドに至るまでを支配下に置いていたのだ。このレリーフは、往時のこの国の威勢を偲(しの)ばせて興味深かった。

「百柱の間」は、70メートル四方、かつては百本の太い石柱が立ち並ぶ大広間だった。使われた木材はレバノン杉だ。さぞ壮大な空間だったろう。祭りには数千人がここに集まったと言われる。正月の祝いごとのためにきらびやかに着飾った人たちだ。今は、その広間も崩れ落ち、12本の柱がむなしく空に伸びているだけだ。

向こうに二つの小宮殿の遺跡がある。振り向くと「謁見の間」の背景は岩山の崖だ。その崖にも3カ所大きく岩が刳(く)り貫(ぬ)かれ、なにやらがある。十字型の刳りぬきで王の墓ではないかと思われた。

一番端まで行ったら、小さな博物館があった。ここで発掘されたものの一部が展示されている。楔(くさび)形文字の碑文と、黒大理石の王の頭部、その二つに興味をひかれた。美しく見えたから。

カンカン照りの下で、入口門の人面有翼獣神像と、さらに一枚、謁見の間への通路門周辺をスケッチした。チリチリと腕が焼かれ、汗はぼたぼた流れ出るはで、まあわれながら御苦労なこった。学生の頃これくらい勤勉だったら、トップで卒業したろう。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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