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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(44)
2009年12月05日 10:22 JST


ペルセポリス。(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年12月5日】5月26日、木曜日。

いま、午後の5時だ。ペルセポリスから戻って、印象の薄れないうちにと、すぐ筆を執った。早起きして、と昨夜書いたくせに寝坊して、ホテルを出たのは11時だった。遺跡というのは、大抵、木陰がない。暑いのが相場だ。それで「早起き」と言ったのだが、寝坊の祟(たた)り、ペルセポリスに着いたら太陽は既に頭の眞上でカンカン照りだ。そんななかを、あっちこっち歩き廻ったり三枚も絵を描いたりしたから、今日は少々ハードだった。

ホテルへ戻り、冷蔵庫のミネラル・ウォーターを一気に飲んでやっと生き返った。

さて、そのペルセポリス。

世界遺産だ。紀元前5世紀のアケネメス朝が祭祀(さいし)を行った宮殿だった。アケネメス朝は全オリエントを統一し、世界史上初の大帝国を築いた。政治上の都はスーサ。他に避暑避寒の二つの離宮があった。ペルセポリスのこの宮殿は新年のお祝いの時に主として使われた。ここの碑文には、「願くば、ゾロアスターの最高神、アフラ・マズダ様の御加護あらんことを」と記されている。

ところで、ペルセポリスとはギリシャ語源で「ペルシヤの都」、語学音痴の僕は今日初めて気がついた。ペルシアンポリス、そこからペルセポリスか、ああそうだよなと、とんまなことだ。

車を降りると、目の前に城壁がそそり立ち、その上に廃墟の柱や建造物が見えた。城壁は長く遠く連なり、上はかなり広そうだ。背後には荒々しい岩山、慈悲のラフマトヤマ山と言う。樹木のない山肌は乾ききって茶褐色だ。

太陽の光がギラギラとペルセポリスの遺構群に照りつける。荒城の月ならぬ、荒城の太陽。地上のものすべてを焼き盡すような灼熱の太陽は、これでもかというくらいに栄華の儚なさを見せつける。

ここは、造ってからわずか200年で廃墟となった。BC331年にアレキサンドロスに攻め落とされた。「ある夜、百柱の間から火が出て全てが灰燼に帰した」、と案内にある。

城壁正面の階段を登ると、そこから遺跡群が始まる。【了】



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PJ 記者