PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(43)
2009年12月04日 11:07 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年12月4日】いまからでバスはあるの? 多分あると思います。もし無かったら、俺のホテルへ来なさい。三人くらい眠れる超キングサイズだから泊まれるよ。そう彼に言って、「元気に旅を」と互いに握手して別れた。別れ際、「せめてお名前だけでも」と彼。
「石川です。君は?」
「僕は川村と言います」
「うん、縁があったらまた会おうぜ。神の御心(みこころ)のままにイニシ・アッラーだ」
「ハイ、イニシ・アッラーです」
これは、なかなかの好青年だった。折り目正しく、好奇心豊かで、志もしっかりしていた。性格も明るかった。
この川村君のように、学問をするための旅というのもある。別れて夜道を歩きながら、彼と佐藤君、樋口さんの三人の顔を更めて思い浮かべ、同じ旅でもずいぶん違うなァと思う。今夜の彼は挫折を知らず、未来への希望に溢れていた。あの二人のような暗い影を背負ってはいなかった。アッラーは不公平だ。
旅の違いと書いて、ふと思い出したことがある。
僕は、その時、ローマから夜行列車でパリへ向かおうとしていた。そうしたら、フランスがストライキで列車が出ない。やむなく、ローマでまた泊まらなければならない羽目となったが、その時はひどいドシャ降り。トランクを引きずって、夜の駅周辺の安宿を探し歩いた。汽車のストップで、どの宿に行っても満杯だ。
ずぶぬれで、超高級の五ツ星ホテルエクセルシオールの前で思案に暮れていたら、そこから出てきた医学部の同級生とバッタリ出会った。彼は精神病院の院長の息子で、親父のあとを継いでいる。新調のキトンを着て横には金繍の訪問着姿の奥様。彼に続いてゾロゾロと同様の二人連れだ。彼、医師ツアーで、これからディナーへ行くところだ、と言う。
「石川さん、その格好どうしたんですか?」
僕の格好は、ドロドロのジーンズでサンダル履き、おまけに濡れねずみだ。これこれ、しかじか。まいったね。泊まるとこがねえんだよ、と言ったら、「石川さんらしいや」と彼は笑った。なにがらしいやだ、笑うどこじゃないよ、こっちはそう思ったが、彼は、「車が待ってますんで失礼」と言ってお迎えのマゼラテイの高級車に乗り込み、さっさと走り去っていってしまった。バリッとめかしこんだ他の医者連中と和服姿の奥様方も僕をジロッと見て、次々と走り去っていった。それからまた夜のどしゃ降りの中をずぶ濡れで歩き、やっとお化け屋敷のような安宿を見つけてもぐりこんだ。崩れかかった木造りの宿だった。
こんな旅の違いもある。僕の所にも、よく、こういう医師ツアーのパンフレットが送られてくる。無論中身も見ないで屑篭に投げこんでしまうが、こういうツアーは普通のツアーの5倍くらい、一名様100万、200万の世界だ。
あの時のいまいましさを、今、胸の悪くなるような思いで思い出した。旅の違いから筆が走ってつまらん話になった。
そうそう、川村君の話で書き落とした。彼は、僕がペルセポリスへ明日行くと聞いて、「私も昨日行きました。存外、つまらなかったです。石の柱ばっかりで・・・・」と言った。その言葉で、昨日ここに書いた「遺跡は裏切らない」という一節を思い出し、書いた内容をそっくりそのまま彼に伝えた。
「まいッたなァ。想像力の不足ですか。つまらなかったのは、こちらの力不足だったんですね」としょげたのでおかしかった。彼、名誉挽回(ばんかい)と思ったのか、さらにつけ加えた。「でも、ペルセポリスを見て、ペルシヤが大変なお金持ちだったってことが分かりました。その点、ペルシヤはギリシャよりもすごい。それがよく分かりました」
おう、おう、よく見てるじゃねえか。
こんな会話の一幕があった。
ホテルへ帰ってここまで書いたら、もう午前一時だ。明日はなるべく早起きして、ペルセポリスへ行く。この時間まで起きていたのに、川村青年は訪ねて来なかった。無事、イスファハーン行きの深夜バスに間に合ったのだろう。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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