PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(40)
2009年12月01日 07:10 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年12月1日】イランのタンジールに現存する12世紀創建のモスクは、その壁に「麝香(じゃこう)」が塗り込まれていて、朝日が昇るとその香りがモスクのなかににおい立つとか。麝香は一キロ850万円という高価なものだ。それを壁に使用したというのだから、いかにペルシヤで香りが重んじられたかの証拠だ。香料、香木が珍重され大事にされた。
「香木」ときて頭に浮かぶのは、われ等が奈良正倉院の御物、「蘭奢待(らんじゃたい)」、これは聖武天皇の御代、中国から渡来した名香中の名香だ。「東・大・寺」の三文字を入れて「蘭奢待」と命名した話はよく知られている。余談になるが、この稀代の名香を少々削りとったけしからん御仁が史上何人か出た。足利義満、義教、義政、それと信長、家康。もう一人、これは小声で、明治天皇。あれはどんな香りが致しましたでしょうか?
少々乱暴な見方をすれば、そもそも「香り文化」の発祥はイランなのだから、この正倉院の香木文化もここの流れをくんだもの、と言えないこともなかろう。香水「イラン・イラン」の香りを讃える吾輩だから、「蘭奢待もペルシヤ由来、シルクロードで」と言いたいところなんだが、これはちょっと無理、あれは麝香鹿ではなく伽羅(きゃら)で、伽羅は熱帯の樹が元だからなァ。
モスク・ヴァギールのあと、「聖者の廟」というのに行った。ホテルの廊下で、ここの縦長のドームの写真を見て、面白い形だナと思ったので。
「エマームザーディエ・アリー・エプネハムゼ」という、ジュゲムみたいなえらく長たらしい名前の建物だ。紀元後14世紀のもので、この地で殉教した人の所縁(ゆかり)の者の廟らしい。入って見て驚いた。内壁が全部細かい鏡のモザイクでできていて、キラキラ、キンキン、キンキラ、キララと光っている。玩具(おもちゃ)箱みたいだが、ここまで徹底するといっそ美事だ。
中央に棺(ひつぎ)が置かれていて、数人の人が礼拝をしていた。立ち上って頭を垂れ、また座って伏し拝むの繰り返しだ。ある男は、5分間もひれ伏したままだ。手を床に投げ出して動かない。眠っているのかな? と思ったら、やっと顔を上げて棺をじっと見つめ、またひれ伏す。ひとりの女性は、棺を囲む柵に頭を押し当てて涙をこぼしていた。「かたじけなさに涙こぼるる」なんだ。
そのかたじけなさのあおりを受けて、外に出てから、描く気もなかったその細長いドームの画を描いた。もういい加減、モスクの絵を描くのは飽きてきた。ヤケになって、少々強迫的に描いている。このドーム、書道の太筆の先っぽのような格好をしていた。
ホテルでひと眠りして、夕刻、晩飯がてら、「モスク・ヴァキール」のバザールへ行った。あの美しいエイバーンをもう一度見たかったせいもある。ピンクのタイルは見れば見るほど、優美だ。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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