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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(39)
2009年11月30日 09:54 JST


(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年11月30日】描くことしばし、そばにメルセデスが来て止まった。母親と2人の少女の親子連れだ。3人はバザールの中へ肩を並べて入っていったが、程なくして戻って来て前へ立った。母親がどうぞと言って飲み物を差し出す。よく冷えたメロンジュースだ。カンカン照りなので、僕にとわざわざ買ってきてくれたのだった。

母親が言った。

「娘たちが貴方と英会話をしたいと申しているのですが、お相手していただけないでしょうか?」

びっくりした。みると、少女は中学生くらいで、母親の両側に直立不動だ。上品な顔立ちをしている。母親の方もまだ若くて綺麗。いくら僕の英語がブロークンだからと言って、ここで引っ込んではアッラーの神の覚しめしに背くことになるだろう。

「よろしいですよ」

と、僕は答えた。少女。

「アナタはドコの国の方デスカ?」
「私は日本人です。東京から来ました」
「東京は、キレイナ町デスカ?」
「きれいと言うより大きな町です。50階や60階の背の高いビルがたくさんあるんですよ。とても人が多いです。東京にはイランの方も一杯居りますよ。貴女たちも是非一度、日本へいらっしゃい」

二人の少女は直立不動のままで緊張し切っているが、英語で話せることがうれしくてならぬという風で、僕が答えるたびに自分たちの英語の質問が通じたとニコッとする。彼女らの声は透きとおっていてとても美しい声だ。英語はすらすらっと出て来ないで、口ごもりながら話す。学校で教わった文法を一生懸命に思い浮かべての質問なのだ。口ごもる時は、目が空を向き、「エート」と言う。

「エート、アナタはオイクツですか?」
「私は74歳です。夏が来ると75歳になります」
「まあ、お若く見えること!」と、母親が横から口を出した。あんたは引っ込んでいな。

今度は僕が質問をした。

「貴女たちはおいくつですか?」
「エート、ワタクシたちは、13歳と14歳デス」

としご年子なんだァ、と言おうと思ったが、「年子」って英語でなんて言うのかな? そんな言葉、英語にあるのかな? 一瞬、考えていたら、そのうち彼女らが一馬身くらい乗り出して来て、もう矢継ぎ早、そうは言ってもつっかえツッカエなんだが、数々の質問を投げかけてきた。

貴方は絵描きさんなんですか? 絵を描く時はハッピィですか? イランをどう思いましたか? シーラーズはお好きですか? 今日はとても暑いですね、日本も暑いですか?

こっちも一生懸命に答えた。彼女らに分からない単語があると、僕も、「エート、エート」と置き換えるのに苦心する。画家ではない、医者です、と言う時は、「メディカル」が彼女らに分からないので、聴診器を当てるまねをしたり、胸を打診するしぐさまでしたりで大奮闘だ。

間もなく、母親が、

「御迷惑になるから、もうこれまで」

と言った。あんた、うるさいよ。少女たちももっと続けたそうだったが、そこで打ち切りとなった。親に従順なのだ。

「私タチハ、とてもハッピィでした。アリガトウゴザイマシタ」
「僕もお会いできてハッピーでしたよ。貴女たちの英語はとても良い英語でした。すぐ流暢(りゅうちょう)に話せるようになるでしょう。期待しています」

と僕。

この二人には、断然、「和風ハンカチ」だ。急いでリュックからそれを取り出し、「これは私からの貴女たちへプレゼント」と言って渡した。少女たちは、パッと顔をほころばせて、「サンキュウベリィマッチ。アイ・アム・ハッピィ!」と言った。母親は恐縮して、「オウ、ノー!」と言った。

車の中から身を乗りだして、少女たちは手を振っていた。僕も手を高くさし上げて応えた。よい親子連れだった。メルセデスの自家用車に乗っているくらいだからお金持ちなのだろう。彼女らにアッラーの神の祝福あれ!だ。

そう言えば、少女たちはチャドル(黒衣)ではなく、頭には橙色のスカーフ、ひざ丈スカート、紺の制服を着ていた。母親はチャドルだったが、シルク絹地、刺繍入りで高価そうなものだ。彼女が飲み物を手渡してくれた時、かすかに香水の香りがプーンとした。「イラン・イラン」の香りだった。

イランには香りの文化がある。3000年も前から香水が使われた。いけにえの動物の悪臭消しに芳香剤が作られたのが始まりだ。そもそも、パヒューム(香水)という言葉はペルシヤ語のペルヘムス、「煙を通す」が語源、香水というとフランスだが、ペルシヤ即ちイランこそ香水の発祥だったのだ。フランス人は風呂に入らない体の悪臭をごまかすために香水を発明したとよく言われるが、ほんとはイランに啓発されたのではないかな? そのイラン香水文化の最高峰が「イラン・イラン」だ。さすがメルセデスを操る御婦人だけのことはある。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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