PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(36)
2009年11月27日 08:40 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年11月27日】シーラーズは街路樹の多い緑豊かな町だ。立ち並ぶ商店も他の町に比べるとずっときらびやかで華やいでいる。多勢の人が並木通りを歩いている。イスファハーンより大きな町で、大都会のテヘランよりも暖かみがある。
トランクを引きずって、繁華街のど真ん中にある中級ホテルの玄関へ入った。部屋は空いていると言う。とって返して、ボブさんに35ドルとチップ4万リアルを差し出した。
「あんたはねぇ、その体格と運転が少々恐かったけれど、いい人だった。会えて嬉しかったょ」
日本語で言ったら、ニコッと白い歯を見せた。ボブさんの二度目の笑顔だ。笑うと、野獣のような顔が少し可愛らしい顔になる。
「サラーム」と僕は最後に言ったが、ボブさんは「ホダー」と言った。イランでは、出会った時が「サラーム」、別れの時は「ホダー・ハーフェズ」と言うんだな。
「コウサル」というこのホテルは当たりだった。始め、20ドルと言って見せてもらった部屋は暗く狭くて落第。「もっと明るい部屋は?」、そう言って案内されたのがスウィートルーム。この部屋は街路樹側に面していて明るい。しかもスウィートとあって、応接間とベットルームの二間続きだ。ベットなんか、三人寝られるほどの超キングサイズがでんと置かれている。これは飛びっ切りの上部屋だ。
「この部屋、いくら?」
「30ドル、ほんとは70ドルなんですが」
この部屋で30ドルなら願ってもない。そう思ったが粘った。
「25ドルでは駄目?」
「えーッ。せめて28ドルは出して下さいよ」
「気に入ったから3泊したいんだ。26ドルだったら嬉しいな」
笑って、承知してくれた。
この日のいでたちはよれよれのジーンズとサンダル履き。フロント氏は、小汚い様子の僕を見て、「26ドルがいっぱい、いっぱい」と思ってくれたのだろう。やさしいね、君は。
良い部屋も見つけた。今朝は置きざりのパスポートも思い出した。めでたい、さあ、この二つのお祝いだ。今夜はひとつ飛びっ切りのレストランで、飛びっ切りの御馳走を食べよう! 新しいラグビージャージーを着こんでこの町一番というレストランへ行った。
さてそのレストランだ。飛びっ切りだけあって、これは飛びっきり高かった。チップも入れて22万リアル。イランで3000円近い食事なんて、そうめったにあるものではない。店はピカピカの内装だ。ずらりと給仕が並んでいる。
中国人のシェフが出て来て、
「日本のお方ですか? お望みなら、いかなる注文のお品でも私が作ってさし上げます。中国料理がおよろしければ、それも」と言った。この店の支配人とオーナーも揃って出て来て、自己紹介をして挨拶した。日本人はみんな大金持ちと思っているのだ。
おいおい、俺は貧乏っ子だぜェ。
前菜にシュリンプ・カクテル。スープにイラン風野菜煮。メインに牛肉・マッシュルーム中国風炒めと白身魚の唐揚げ醤油ソース。食事が済んでコーヒー。
イランのコーヒーは韓国と同じだ。インスタント・ネスカフェが一番高級。給仕はネスカフェの袋とお湯とカップを持ってくる、それを自分で入れる。韓国の場合は、朝鮮戦争のアメリカ兵の置きみやげでこれが高級イメージになったというが、イランはどうしてなんだろう?
コーヒーを飲んで、僕が碁の本を見ていたら、またシェフが出て来た。
「いかがでございましたか?」
「結構でした」と答えたら、目ざとく僕の碁の本を見つけて、彼が言った。
「囲碁ゲームでございますね。私もやります。いま、囲碁ゲームは韓国がいちばん強うございますね。私、思うに、あれは韓国が賭け碁をやるからでございますよ。韓国では、アマもプロもみんな賭けてますよ。お金を取りたいから、強くなる。いやでございますねえ。ところで失礼ですが、お客様のご職業は? え、お医者様ですか。それならひとつ御相談したいことがございます。なにしろ、ここの医者は英語があまり通じませんので・・・」
おいおい、冗談じゃねぇぜ。ここで俺があんたを診るのかよ。
とんでもないから、「俺は精神科医だぜ。あんた、悪いところは頭?」、と言ったら、彼、「私は胃の方で・・・・」と言って、ひっこんでしまった。
給仕がずらりと勢揃いして見送るなか外へ出たが、あいにく、このレストランは町の外れとあってタクシーが一向に通らない。店に入り直して頼むのも面倒くせえと、そのままホテルの方角に向かって歩き出した。暗い道だ。少々ヤバイ気もする。十分くらい歩いたら、小さな広場に出た。あたりに人影はなし、ベンチがあったので腰をおろして煙草を取り出した。
上を見たら、眞上に月が出ていた。満月だ。靄(もや)のせいかこうこうとはいかず淡い淡い光だ。なんだ、丸い月かァといささか気がぬける。欲を言えばイランでは蒼白く悽愴な光を放つ三日月、それも下弦の月を見たかった。そんな月こそイランにふさわしい。三日月は剣とともにイスラムの殉教のシンボルなんだから。下弦の月を見ると僕らでもどこか身のひきしまる悲愴な感じを覚えるものだ。
日本の人は、まんまるな十五夜お月様が好きだ。万事円満を好む国民性のせいかな。イランの人はどうなんだろう?
そんなことを考えながら寝呆けたような満月を見上げていたら、タクシーが走ってきた。乗り込んでホテルの名前を告げようとしたら、おやおや、ホテルの名前が出て来ない。ナントカ・ザル猿、オサル、オサルと僕が呟いていたら運転手が「コウサル?」と言ってくれた。月が寝呆けているなら僕の頭も寝呆けている。
無事にホテルへ戻った。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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