PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(34)
2009年11月25日 13:35 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年11月25日】24日、火曜日。
朝、目覚めたら、ぴったり10時。
イランへ入ってから、目覚まし時計を僕は使わない。目覚めは自然に限る。でも今日はシーラーズへの長旅だ。あれッ10時だ! はね起きて、あらゆる物をそそくさとトランクへぶち込んで、ホテルをチェックアウトした。
2泊代金の60ドル也を支払いながら、フロントの兄ちゃんにシーラーズ行きのバス時刻を尋ねた。「シーラーズ行きは2時間おきのはずで、今度の発は多分11時でしょう」と言う。あと30分だ、急げば間に合う。すぐタクシーを呼んでもらった。
走りだして15分くらい。もうすぐバスターミナルだな、そう思ったとたんにヒョイと気がついた。フロントにパスポートを置いてきてしまった! 兄ちゃんもバス時刻の話やら大急ぎでタクシーを呼ぶやらで、僕にパスポートを渡すのをうっかり忘れてしまったのだ。
「ストップ!! ホテルへ戻って! 俺、パスポートを置いて来ちまったよ!!」
思わずいきなり叫んだが、運転手は年寄りのおじいちゃんで、大きな声にびっくりしただけだ。
「パスポート!!」
今来た方角を指さして、もう一度叫んだらやっと理解した。「そりゃ大変だ」ってなことを言って、すぐ車をUターンさせた。
もうバスは間に合わねえや。
でも、ここで気が付いて良かった。シーラーズまで450キロ、6-7時間はかかる。向こうで気が付いたとしたら、ここまで取りに戻ると往復でさらに14時間だ。とんでもねぇことだ。危ないところだった。
良かったァ。引き返しの車の中でひとりつぶやく。ここで思い出したんだから、そう俺もぼけてないってことか、よし、よし。そんならそのお祝いだ。バスはやめて、シーラーズまでタクシーにしよう!
フロントの兄ちゃんは平身低頭であやまる。いいよ、いいよ。その代わり、あんたがあのおじいちゃんにシーラーズ行きを頼んでくれ。30-40ドルぐらいでナ。僕はこのお年寄りのおとなしいのが気に入っている。しかし、おじいちゃんは首を縦にふらなかった。
「私はもうとしだからねェ、シーラーズまでは無理なんだ」
兄ちゃんに通訳してもらって、こういうことになった。どうせバスは間に合わないから、これからおじいちゃんの車で、ヤズドのゾロアスター寺院とイラン航空事務所へ行く。そのあと、彼のタクシー会社へ回って、シーラーズまで行く代わりの運転手を紹介してもらう。おじいちゃんへの代金は2万リアル、約260円。
ゾロアスター教寺院は小さい建物だった。玄関の上の壁に、アフラ・マズダ神が浮き彫りで刻まれていた。翼の上にマズダ神が横向きに乗っていて、まるで空をスタコラ走っているみたいに見えるのが、おかしかった。この図柄はまるきり古代の漫画だよ。古代ペルシヤ人もなかなかやるぜぇ。
入り口を入ると、すぐガラス越しに「千年燃え続けている聖なる火」が見えた。暗い空間の眞中に台が置かれ、その上でメラメラ火が燃えている。油でチョロチョロ燃えているのだと勝手に想像していたが、薪の炎だ。同じ火でも、「聖なる火」と思って見ると、どこか神秘的で、有り難く見えてくるから不思議だ。
ガラスに顔をくっつけて、じっと火を見つめていたら、山形県立石寺、山寺の聖なる火を思い出した。あの火はひえい比叡山の火を持って来たものだった。信長の焼き打ちの時、元祖比叡山の火が消えてしまったので、山寺のそれをまた比叡山へ移した、と立て札にあった。あそこの火も千年燃え続けていたのだった。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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