PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(33)
2009年11月24日 07:00 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年11月24日】イランのタクシーは、土地っ子はみんな相乗りで使う。道に立っていると、すっとタクシーが寄ってくる。既にもう2-3人が乗っている。こちらが行き先を叫ぶと、方角が同じなら乗せる。違うとすっと行ってしまう。だから、これに乗るには方角が分かる土地勘が要る。
試してみた。「バザーレ!!」と怒鳴ったら乗せてくれた。成功したのは初めてだ。相乗りのタクシー代は1000リアル、12円くらいらしいが、あいにくそんな小さなお金を持っていない。5000リアル、つまり60円払ったがお釣りをなかなか出さない。僕は気が小さいから? そのまま降りてしまった。これなら一人で乗ったって同じだァ。相乗りやるなら小銭紙幣を持たないと損をする。外国人になんかお釣りはくれない。
戻ってきたら、「キャラバンサライ・レストラン」はだいぶ人が入っていた。昨夜と同じ席に陣取って夕食だ。ここのヤズド風スープは結構美味しい。イラン版ミネストローネだ。それに、羊と茄子の煮込みシチュー。これもまあ、まあ結構。
あぐらをかいて食べていたら、隣の縁台に日本人が来て座った。イランに来て会う2人目の日本人だ。
彼、40歳代か、ひどく太っていて、座ったとたんにふうふうと荒い息をし、吹き出る額の汗をハンカチでぬぐった。太り過ぎなのだ。一息ついたところで、彼は僕に気づいて声をかけてきた。隣の縁台と言ってもぴったりくっついているから、背もたれ越しに話ができる。食べながらの会話となった。
彼は、パキスタン国境に近いバムからここへやって来た。バムと言えば、4年前に大地震に見舞われて遺跡はおろか町も壊滅、大半の住民が死んだ所ではないか。何万という死者を数えたとか。
「地震後の復興は進んでいましたか?」
「いや、まだめちゃめちゃです。世界遺産の遺跡もほとんど修復されていません。ひどいもんです」
そんなことから、話が始まった。
彼はここからイスファハーンへ行き、テヘランを経由してトルコ国境へ向かう。クルド地区を抜け、トルコはアンカラからイスタンブールまで。それから先は風の吹くまま気の向くまま。みんなバスを利用しての旅なのだそうだ。こんなに太っていては、バスはつらかろうな。
一体、この人何者? 彼、物腰柔らかく、人を外らさない。少し早口で、汗をふきふき一所懸命に話をする。名は樋口さん。
お仕事は? と彼が聞くから、「精神科医です」と答え、「失礼ながら貴方は?」、と聞いた。
「私は商人でした。うち続く不景気で刀折れ矢盡きました。とうとう店をたたみました。ほんとは数年前にそれをやるべきだったんです。借財がかさみまして、もうこれ以上やっていけない、これ以上やっていたら破産してしまう。そう思って去年やめました。この一年はリフレッシュの年と割り切りました。それで、あっちこっち旅をしているのです。チベットにも行きました。ミャンマーにも。帰ってから再起を考えます・・・・」
今度はこちらが聞かれる番だった。興味を示して、彼は根堀り葉堀り聞きたがる。日本の精神医療の問題をひとくさりやった。
日本はひどいです。話にもなりません。
彼は大いに感じ入った風で、「そうですか。そうだったんですか。私、ちっとも知りませんでした。こういう話、日本人はみんな知るべきですよね。私、今夜は本当によい勉強をさせていただきました。有り難う御座居ます」。
律義な人なのだ。この人には日本の状況を詳しく知ってもらいたいと思い、それについて書いた「岩波新書」を帰ったら送ってあげようと思った。それを言ったら、「是非、是非、お願いします」と答え、また額の汗をふいた。
僕はこの人の再起をひそかに願い、心の中で熱い声援を送って、強く握手をして別れた。話好きだがどこか孤独な影をもつ人であった。
その人と別れて、いま、今日の分をここまで書いた。
イスファハーンで会った佐藤君と言い、ここで出会った樋口さんと言い、みんなそれぞれの思いを抱いて、ひとり、旅に出てさすらっている。ちょっと哀れで、なんだか複雑な心境だ。
明日はここを去って、シーラーズへ向かう。バスなら7時間くらいかかるだろう。眠るとする。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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