PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(32)
2009年11月23日 07:00 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年11月23日】以前、信者たちの集会所だったと覚しき廃趾の屋根によじ登って、「沈黙の塔」をスケッチした。今日は日射しがやたら強くて、肌がチリチリした。
そのあと、50キロも離れたメイフッドという町へ行った。3000年前の古い砦(とりで)がそこにあるとフロントで耳にしたからだ。砦は日干し煉瓦(れんが)で作られ、壁の大半は剥(はが)がれ落ちていた。中世ヨーロッパの城と形がよく似ているが、どう見ても3000年前のものとは思えない。せいぜい、紀元後6-7世紀くらいのものか。しかし、この砦も町も、本には出ていないから、調べようがない。でも調べたって仕方がない。学者じゃあるまいし。「せいぜ6-7世紀」。フン、フンなんて一人だけで言って僕は満足だ。
ここでも一枚、画を描いた。お暑いなか、御苦労なこった。今日は寝坊をしたから、もう午後の4時だ。
夕刻、バスでホテルへ戻って、サライ・ホールでティー紅茶を飲みバニラ水煙草を吸ってほっと一息ついた。シャワーを浴びたらたちまち生き返った。
生き返ったところで再び外へ出た。バザールをぬけて大通りを歩いていったら、大きなモスクにばったりぶつかった。ガイドブックに、「モスク・ジャーメ」、「イスラム建築傑作のひとつ」と出ていた所だ。「ここのミナレットはイランで一番の高さを誇る」とあった。成る程、見上げると首が痛くなるほどだ。でも高けりゃいいってもんではない。このミナレット、あまりにノッポすぎて門とのバランスが良くない。たいしたことねえやと思っていたら、ミナレットのてっぺんから、突如、コーランが流れ出した。日没礼拝時間だ。
イスラムの国を歩くと、何処からともなくコーランを誦える声が聞こえてきて、ああいま俺はイスラムの土地を歩いているんだ、といやおうなく自覚させられる。礼拝を呼びかけるこの慣(なら)わしはアザーンと言い、モハメットの7世紀から1400年も続いている。始めは屋根の上からだったが、その後ミナレットが作られ、その上からされるようになった。肉声でやっていた時代では、声がかれたに違いない。いまはスピーカー。この呼びかけ、他の宗教はどうかというと、ユダヤ教では角笛。キリスト教では拍子木だった。今は鐘楼で、ガーン、ガーン。
コーランの声を後にして、ここまで来たならすぐそばのはずだと、「アレキサンドロスの牢獄」というのを見に行った。紀元前3世紀、この地にアレキサンドロスが侵入した時に彼が牢獄として作らせたものだ。砦ふうの建物だが、どう見たってそんなに古くない。ほんと本当かいナと疑いつつ、それでも彼が此の地に立ったくらいのことは事実だろうから、それなりの想像をして、タクシーを捉まえようと道ばたに立った。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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