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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(31)
2009年11月22日 07:00 JST


(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年11月22日】トイレへ行って来た。この部屋はひどく敷居が低いので、トイレへ行く度にゴチンと頭をぶっつける。いまもぶっつけた。これで三度目だ。僕は迂闊(うかつ)だからここを引き揚げるまでに何回ぶっつけるか、頭がコブだらけになりそうだ。さすが、二百年の宿だ。

いま、防虫剤をガンガン振りまいた。これだけまけば、いくら頑強なイランの南京虫だって遠慮してくれるだろう。夜になって、やたらと鼻水とクシャミが出る。どうやら風邪をひいてしまったらしい。あの先生運ちゃん氏のせいだ!

23日、月曜日。

朝、目覚めたら、鼻水もクシャミも止まっている。寝る前に飲んだ風邪薬と、念のための抗生物質が効いたらしい。でも、体が重い。起き上がる時は、腰の辺りがギクッとした。へっぴり腰で立ち上ったら、今度は左股関節が痛む。体全部の筋肉がコチコチで、軋(きし)むみたいだ。明らかに俺の体は老化が刻々と進行している。くそっ、これはあんまり気分のいいもんじゃねえな。このとし年齢になると、誰もが魂を悪魔に売ってでも若返るファウスト博士になりたいと思うんじゃァあるまいか。

今朝はそんな気分で縁起でも無かったが葬儀場、ゾロアスターの「沈黙の塔」へ行った。ヤズドの町を出たすぐにある。言うまでもなく「鳥葬」の場だ。

ゾロアスター拝火教は、火を崇(あが)めるだけでなく、水と土も崇める。一方、死体は悪魔の棲家と考えたから、死体で火や水や土を汚さないように、火葬、水葬、土葬を嫌った。それ故、「鳥葬」だ。

因(ちな)みに、チベットも鳥葬だが、やり方や意味が違う。チベットではラマ僧が死体を解体して山上にばら撒く。鳥が霊魂と体を食べて天に運んでくれると信じているからだ。

ところで、死体の置かれるここの塔は、相対する丘の上に二つある。どうして二つあるんだろう。今、この塔は崩れて、ボロボロの廃墟だ。シャー国王が1930年代に鳥葬を禁止したからだ。イランの信者たちはその後、土葬をしている。

二つの塔を見ていたら、インド・ムンバイの「沈黙の塔」を思い出した。あの塔は今でも使われている。そこを訪れた時、塔を取り巻いて生い繁(しげ)る森の枝に、ハゲタカがじっと群れをなして止まっていた。目が一斉に塔の方に向いている。もうすぐ死者の肉にありつけるぞ、舌なめずりして今や遅しと待ち構えているふうで、ゾッとした。あんなのに体を突っつかれるんじゃなァ。俺は「燃えるゴミ」で出してもらった方がよっぽどいい。

緑に囲まれたボンベイの塔とくらべると、焼けつく太陽のもと下、ここの塔は緑ひとつ無い赤茶の丘の上に崩れてひっそり眠っている。眠って、「沈黙」しているからここはよほど気が楽だ。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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