PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(26)
2009年11月17日 07:00 JST
イラン・ヤズドの沈黙の塔。(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年11月17日】5月22日、日曜日。
ヤズドへ来た。イランのちょうど真ん中に立ったことになる。宿の汚いベットを机代わりにして、ゆか床に座ってこれを書いている。
この宿、年代もののバザールの真ん中にあり、昔のキャラバン・サライをそのまま使っている。入り口に、「Historical Hotel 200Years」とあった。ここを探し当てるまで迷って少々苦労した。バザールのメイン通りの中央、道とも思えぬ細くて暗い露路をくねくね曲がって歩き突き当たりがこの宿だった。入り口は壊れかけたオンボロのくぐり戸だ。それを開けたら、いきなり、ホテルの食堂の大ホールへ出た。このホールは中央に池、ぐるりに縁台、四方は二層の小部屋で囲まれている。天井を見上げたら屋根がなく、屋根代わりに大きなテントが張られている。
僕の部屋は、頭をぶっつけないように、体をかがめて登る石階段の突き当たりだった。入り口の戸には、頑丈で武骨な南京錠がかかっていた。狭い部屋と粗末なベット。木材はさすが二百年、黒味を帯びていて貫録がある。ベットのすぐ横が窓で、窓を開けるとさっきのホールがもろに見降ろせる。これは気に入った。ただし、今夜は、ベットまわりにたっぷり防虫剤をふりまいて眠らなくてはなるまい。僕の感ではたぶん、ダニか南京虫が居る。
今朝に戻ろう。
イスファハーンを午前10時にたった。
フロントでバスの時刻を聞いたら、8時発のあとはわからないと言う。どうやらヤズド行きはあまり便が無いらしい。タクシーで行くことにした。ホテルの玄関前で、良さそうな運転手を物色する。下手な車に乗って、途中で強盗に早変わりなんてのはぞっとする。イランのタクシーにはメーターが無いから、走っている途中で突然値上げをふっかけられるのも困る。性分だから、そんな時は決まって喧嘩(けんか)になる。
他の国で何回やったかしれない。フィリピンでは、まちなか街中でやらかしたら、百人くらいの人だかりになった。韓国では、「あんたのような人は韓国の恥だよ。みんなあんたみたいだったら俺は韓国人を軽蔑する!」と怒鳴ったら、運転手が沈黙した。いずれにせよ、もめ事は嫌だ。
そんなわけで、運転手の選び方には慎重、いやしく精神科医だから、人の見分け方はテクニック技術を駆使する。いちばん簡単なのは、料金交渉でタクシー運転手の人柄を見分ける。向こうが言い値を言う、こちらがそれを値切る、そのやりとりで敵のおよその気心が分かるからだ。欲ばりなのは駄目。調子の良すぎるのも駄目。ひかえ目で静かなのがいい。こっちがとんでもない値切り値段を言った時、「申し訳ありませんがこれ位の値段でどうでしょう?」と、おずおず、申し出るくらいなのがいい。それをいきなり、「ノオ!トンデモねえ」と言う奴は即座に落第だ。そういう奴に限って、それじゃ止めたと立ち去ろうとすると、「ハウマッチ」? 大声で追いかけてくる。
3人目でつかまえた。小太りで、フセインの顔を縦に短かくしたような顔をしている50代だ。目が穏やかだった。この親父さん、英語が少々たどたどしい。値段交渉ができないので、彼が学生さんを呼びとめて通訳を依頼した。彼の言い値は50ドル、こちらは20ドル。学生さんは、双方の言い値を聞いて、「それじゃァ、真ん中をとって35ドルだ」と明快な大岡裁定をした。
僕は始めから20ドルではいかにも安すぎると分かっている。これは品定め用のこっちの無法な言い値なのだ。結局、30ドル、チップとして3ドル、合計33ドルで手打ちとなった。
開高健のこんな言葉がある。「旅は子供の心で、大人の財布で」
【つづく】

