PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-イラン編(24)
2009年11月15日 13:56 JST
イランのモスク・エマーム(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年11月15日】横庭に出た。礼拝堂のドームの屋根がすぐ真上だ。頭に自然とサマルカンドのドームが浮かび、それと見比べる。サマルカンドのそれは、太い切れこみの縦線が入っていて、実に力強く、男性的で雄渾(ゆうこん)だった。ここのそれは穏やかな面で優しく女性的だ。色も淡いブルーの「空色」、大変に美しいけれど迫力という点から言うといまいち欠ける。男性的!な僕はそう思うが、それでも小半刻は土壁にもたれて、「空色」を見上げていた。ここの空にはこの色がよく似合う。
そのうち、これはまたどうしたことだ。おじいちゃんにまた会いたい、そんな考えが唐突にひょいと頭に浮かんだ。三度も会いに行くなどまるで恋人みたいだ、そう思いながら、例のレストランへ足を運んだ。
ちょうど昼飯どきとあって、店は客で立て込んでいた。カウンター席へ座った。おじいちゃんは、無論、片想いの男がそばに居ることなど知るはずもなく、相変わらず首をちょっと右の方へかしげながら、はた目もふらずにナンを焼いている。
給仕が来たので、シシカバブとコカコーラを注文した。ちょうどその時、日本の青年と覚しき男が、隣の席に座った。イランに来て、日本人と会うのは初めてだ。
青年は、そっぽを向いて本を見ている。ちらと見たら、「大陸横断の旅」という本だ。やっぱり日本人だった。いささか人付き合いの悪そうな人に見えたので、あえて声をかけなかった。
給仕が、注文したカバブとコーラを持って来て、僕と青年の前へ置いた。青年が給仕に向かって、「俺、コーラは注文してませんよ」と言った。給仕は困った顔をして僕を見る。青年を連れと思ったのだろう。僕は給仕に、「いいよ、コーラ代は私が払うから」と言い、彼には日本語で、「よかったらどうぞ」と言った。彼、いま気がついたという風で、「あれっ、日本の方だったんですかァ」と頓狂な声をあげた。ドイツ人と思っていたと。意外に明るい声をしている。「いただきまァす」と言って彼はコーラを一息に飲み干した。本当は飲みたかったのだが、食事代の節約のために我慢していたという風情だ。
それから二人で話が始まった。彼は第一印象は暗い人に見えたが、話してみると、存外これが明るくて、素直な好青年だった。
佐藤君、27歳。警備会社の仕事でお金を貯めてこの旅に出た。日本を出たのは、この2月。中国、チベット、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイを経て、ネパール、インド、パキスタン。そのあとここイランへ入ってきた。これから、トルコ、シリア、レバノンと歩き、エジプトへ向かう、と言う。
「10カ月間の予定で旅に出たんです。旅は僕のあこがれだったんです」と彼。
「訪ねた国で、どこが良かった?」
「チベットです。チベット仏画や曼荼羅(まんだら)が面白くて・・・・。チベットではカイラス巡礼にも行きました。雪が腰までありまして、僕はスニーカーと普通のズボンでしたから歩くのに難渋しました。寒くて堪えました」
「五体投地、見た?」
「ええ、体をこうやって前へ投げ出します。五体投地をしてポカラ宮へ向かう人は、いまも沢山いるんですよ。その素朴で一途な姿に感動しました。マニ車を廻している人の顔もいいです。それからですネ、チベットの人は笑い声が大きいんです。こっちも明るい気分になります」
「困ったのは何処の国?」、「インドでした。人間不信に陥りそうでした。彼ら、いい加減なことばっかり言うんですよネ」、「そうだネ、インドはそうだよな」。こんな会話をかわした。
「君、一日いくらで旅してるの?」
「1日1000円と決めています。イスファハーンのホテルはみんな高いんですよね。参りました。1泊1500円です。僕にとってホテル代は基本料ですから、食費で詰めるより仕方がありません」
「おやおや」
例の癖で、次第にこの青年の世話をしてやりたくなってきた。
「君、湯船の風呂にもう長いこと入ってないんだろ?」
「ええ。アッ、中国で一回入りました」
「これから予定がないなら、君、僕のホテルへおいでよ。お風呂に入りなさい。それから、味噌汁と焼きソバと日本茶を御馳走してあげる」
「え、味噌汁ですかァ。味噌汁持参していらっしゃるんですか?」
「ウン、インスタントだけどネ」
「お願いしまーす」
と、まあこんな次第で、この青年を僕の部屋で接待する仕儀と相成った。これはイスラムの「ザカート(喜捨)」だナ。彼は部屋へ入るなり大きな声で叫んだ。
「すごい部屋だなァ。僕にはこの部屋が観光地です!」
まずは、熱い風呂に入れた。30分くらい入っていた。
「ほんとに気持ちが良かったです。やっぱりお風呂はいいですねえ。僕の泊まるホテルはいつも冷たい水か、ぬるま湯しか出ません」
日清焼きソバを作ってやった。彼、昼飯を食べたばかりだというのに、貪(むさぼ)り食べている。「懐かしい味だなァ」なんて言いながら。味噌汁をガバッと飲んで「アッチッチ」と言った。「日本茶、美味しいですぅ」。
これほど喜ばれると、こちらも世話のしがいがあるというもんだ。トランクの中から、味噌汁三袋、インスタントかつ丼、お汁粉、おせんべいなどを取り出して、「これ、あげるから持ってけ」と言ったら彼は30センチくらいとび上った。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。海軍兵学校78期
PJ募集中!みなさんもPJに登録して身の丈にあったニュースや多くの人に伝えたいオピニオンをパブリックに伝えてみませんか。

