SakuraFinancialNews

Updated: Mar 05 08:20    

HOME > (610) > 昔とんぼの旅日記-イラン編(15)...

PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(15)
2009年11月05日 07:00 JST


イランのマーケット(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年11月5日】そのうちにふと気が付いた。やけにおなかがすいている。考えてみたら、昨夜の一平ちゃんの焼きソバ以来、何も食べていない。さっきの庭番さんに聞いたら、向こうにチャイハナがあるよと指さした。

広場を出てその店に行った。

この店の羊のカバブは抜群だった。二度挽きにした羊の肉を五平餅(ごへいもち)のように金串(かなぐし)に刺し炭火で焼いたものだ。こんがり焼けてジューッと肉汁をしたたらせている。それを生の玉ネギと一緒にして、焼き立ての薄焼きナンにくるんで食べる。これが素敵に旨い。イランに来て一番の味だった。

座ったそばのかまどで、老人が薄焼きナンを焼いていた。やせて小柄。五分刈りにしているが髪は白い。顔は、そうだな、「長屋紳士録」の若い笠置衆を年寄りにしたような顔だ。背中が丸く曲がっている。そのせいだろう。仕事をしている時も彼は、首をちょっと前の方へ伸ばし、顔を右の方へかしげる。歩く時はちょこちょこ小刻みの歩幅だ。

彼は小麦粉を丹念に練り、お饅頭(まんじゅう)のように丸める。次いでそれを指先でくるくると回し、平たく拡(ひろ)げるやペタンと土窯に張りつける。焼き上がったナンをひとつひとつ丁寧に確かめ、それをそばの台へ重ねる。重ねたナンが寸分の狂いもなくぴったり同じ大きさだ。彼はその作業を黙々と、傍目もふらずに繰り返している。

何処(どこ)にでも見られそうな、別になんということもない情景なのだが、見ていて席を立つことができなくなった。

彼の所作には無駄がない。ばたばたせず、淡々と自分の仕事を仕上げていく。よそ見をしない。客も意識しない。ただひたすら、仕事に没頭している風だ。

このおじいちゃんは昔からこの仕事を続けてきた。明日も明後日も続けるだろう。恐らく体が動かなくなるまでは続けるに違いない。そんなことを考えていたら、次第に僕は、このおじいちゃんを手放しで偉いと思うようになった。その小柄な身体を抱きしめてやりたい気分になった。人間は働いている姿がいちばん美しいんだよ、そう言ってやりたくなった。その老人と僕は一言も言葉を交わさなかったが、いまもその姿がくっきりと目に浮かぶ。【つづく】



関連記事:
タグ:
pagetop

PJ 記者