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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(14)
2009年11月04日 09:33 JST


イラン・エマーム広場(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年11月4日】エマーム広場は広大なものだった。そう、ヴェネツィアのサンマルコ広場の4倍くらいの広さがある。ぐるりはサンマルコと同じように回廊に囲まれていて、それがずらりと商店だ。ベネツィアのそれは石造り、こちらは煉瓦(れんが)作りだから少々軽いがその分だけ開放的、カラッとしていて陰うつな影が微塵(みじん)もない。

正面は堂々たるマヂェステ・エマームだ。(いや、マスヂェデだった。すぐ間違える。これからマスヂェデはモスクと書く。モスク・エマームだ)。これは大変に大きなものでサンマルコ寺院の2倍くらいでかい。広場に入るとすぐ青いドームがどかーんと目に入った。すげえ! 広場の左には王族専用だったという優美なモスク、右には小ぶりだが贅(ぜい)を凝らしたアリ・カプ宮殿がある。後には、迷路のような商店街を持つ大バザールがひかえている。

広場は緑の芝生が敷きつめられ、ここかしこ赤や黄色の花が咲いていた。中央に四角い大きな池、そのほとりに何台もの馬車が客待ち顔に並んでいる。ちょうど、午後の「お休み時間」とあって人影もまばらだ。こりゃあいいと、すぐ中央の芝生に寝そべった。ぽっかり浮かぶ雲を見て、空色の巨大なモスクのドームを見ていたら、すっかりいい気分になってついウトウトとまどろんでしまった。

目が覚めて、この広場をあらためて仔細(しさい)に眺めた。少し離れた所に2メートルくらいの大理石の柱が2本立っている。見るとバザールの側にも対称的に同じ柱が2本ある。これ何だろう? 古いものらしいが、と思ってそばに居た庭番さんに尋ねたら、昔のポロ競技のゴールの柱だと。千数百年の昔、この広場であの勇壮なポロ競技が行われたのだ。

ポロはペルシヤが発祥の地、国技だったに違いない。選び抜かれた筋骨逞(たくま)しいペルシヤの若者たちが、この広場で縦横に馬を馳せ肉弾相撃つ闘いを繰り広げた。王様が家臣を従えてあのバルコニーの玉座から観戦していたろう。その光景が一瞬目に浮かんだ。【了】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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