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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(11)
2009年11月01日 08:40 JST


イランのドームにて(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年11月1日】ホテルへ帰着。午後7時。

これを書いていたら、そのうち、外へ食べに出るのが面倒になった。持参のコッヘルを取り出し、「一平ちゃんの焼きソバ」とインスタントみそ汁、それに日本茶を沸かして、それで夕飯代わりにした。

ところで、日本の人の多くは、イランをひどく辺部辺境の地、しかも危険な国と考えているようだ。

「今度の僕の旅はイラン」と言ったら、「そんな所へ行くと人質に取られて殺されるよ」と心配する人さえいた。イラクもイランもごちゃまぜなのだ。これは話の外としても、みんな、多かれ少なかれ、イランについてはマイナスのイメージ、ひどいのは「無法者の国」と思っている。

ブッシュあたりが「悪の枢軸だ!」などと口を極めて罵(ののし)っているし、自称?先進国?も、イランの核開発問題をとり上げて大騒ぎしているから、この傾向に拍車をかける。国は自国の立場でものを言うから仕方ないが、多分、これは一方的な見方なのだろう。この旅では、その辺のことも考えてみるか。機会があれば、イランの人たちの考えも聞いてみたいものだ。

それはさておき、イランのことを前々から「ぜひ訪れたい国のひとつ」と僕が考えていたについては、いくつかの理由がある。旅の始めにあらためて確認しておく。

第一は、例によって、モスクだ。イスファハーンのエマーム広場のモスクを以前、写真で見たことがある。ドームが巨大でとても美しいもののように思えた。これは、ペルシヤ文化の粋と言うべきものだ。それをこの目で見たい。

第二に、イスラム化以前の古代ペルシヤ遺構。特にペルセポリスだ。これは世界初の大版図を築いたアケネメス朝の造ったもので、新年の祝祭を行うための宮殿だったという。ここなら、古代ペルシヤが抱いた夢がいっぱいみられそうだ。

イランを歩いてペルシヤ文化の遺物に触れ、奈良正倉院の切り子のガラス器や古代染織物やらを偲(しの)ばせられるものにぶつかったら、豊かな思いがするに違いない。その瞬間、僕の目にはシルクロードの道がはっきり見えるだろう。これまで歩いた土地の点が一本の線となってつながるはずだ。

第三はイスラムのエネルギーだ。イラン革命は、学生デモへの弾圧がきっかけで、反国王デモが全国に拡がった。40万人というシャー国王の軍隊に大衆が徒手空拳で立ち向かった。多くの人が死んだが、ついにシャー国王が打ち倒されてイラン革命が成就した。これはイスラムの持つエネルギーをまざまざと見せつけた出来事だった。日本の学生運動は敗退に次ぐ敗退だった。そこに欠けていたものは何だったか?【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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