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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-イラン編(6)
2009年10月27日 07:00 JST


イラン・カーシャーン旧市街。(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年10月27日】イランのバスは「前部座席に男、後部座席は女」、というのが規則だ。しかし、これは長距離バスのせいか、その区別がなくてバラバラだ。でもお隣同志は、ちゃんと男と男、女と女で座っているから妙だ。指定席の切符を買う時に名前を聞かれたから、これは多分、その組み合わせになるようあらかじあらかじめ一生懸命仕分けをしているのだろう。御苦労なこった。

僕の座席は最後部、隣に座ったのは、長髪で髭(ひげ)ぼうぼう、インド行者さながらといった格好の男だった。ところがこの「行者」誠に俗で、座ったとたんに、

「どこから来た?」
「東京です」
「そうか、東京か。東京はいい所か? きれいな女がいっぱい居るんだろ?」ときた。

続けて、

「イランの女はどうだい?」
「きれいですよ。でも、ベール黒い布がちょっとねェ」
「フム、フム。でも俺は黒もいいもんだと思うがねぇ。東京はチャドル(黒衣)着ないの?」
「もちろんですよ。日本はイスラムじゃないもの」
「そう。じゃあ、誰を拝むの?」

相手をしていたら、キリがなさそうだ。僕は窓のカーテンを開け、外の景色を眺めるふりをして話を打ち切った。

バスは見渡す限りの荒野をひた走っている。茶褐色のなにもない丘陵が続く。トゲトゲのありそうな乾燥灌木(かんぼく)が、ちょびちょびと生えているだけ。ここはキャビール沙漠の淵なのだ。砂だらけの砂漠と違うから、「沙漠」と書くらしい。

道はなかなか立派な舗装で道幅も広い。アジア・ハイウェイだ。この道は、トルコのイスタンブールを発しアンカラ、テヘラン、イスファハーン、バムを通ってパキスタンに抜けていく。

走ること3時間でカーシャーンへ着いた。「行者さん」と握手をして別れる。

カーシャーンは、テヘランとイスファハーンのちょうど真ん中に位置するオアシス都市。石器時代から人が住んだ。紀元前5世紀には既に町があったという。この町が繁栄したのは、16世紀のサファビー朝の時。イスファハーンを首都と定めたこの王朝は、ここカーシャーンを、「静かな安息の地」として、大変好んだという。

今も、ここかしこ、当時の宮殿や廟(びょう)所が残っている。ここはウズベキスタンのシャフリサブズと似ている。町の規模やたたずまい、それに、王が第二の都としたという町の由来まで。

小さいが良い町だと直感した。【つづく】



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PJ 記者