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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-タイからラオス編(48)
2009年10月19日 09:18 JST


タイ・ナコンパノムの露店街。(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年10月19日】ラオス その三。

ラオス人は穏やかな民族だ。大きな声を出している人をまったく見かけない。怪しげな人が居ない。みんな自らの営みで黙々と生活している感じだ。

隣人との繋(つな)がりはそれでいて深いそうだ。旅行社のペッ君の話では、友人は「親戚」のうちに入るのだそうだ。だからラオス人は身内がやたら増える。ものの本によると、友人とのこういう関係をピーノーンカン、「親戚同士」と言い、その繋がりの心をハックペーンカン「信頼し助け合う」と言うらしい。

ペッ君はその話の時、僕を指さして「貴方は私のピーノーンカンです」、と言った。おいおい、よしてくれ。親戚がやたら増えてはかなわない。

ラオスの人はひかえ目だ。こちらが踏み込もうとしても一歩引いてしまう所がある。彼らはちょっと恥ずかしげな顔をし、お人よしの笑顔を向けて、すぐ手を振って遠慮してしまう。子供までがそうだ。他の国で出会った子供たちに比べると、ラオスの子供たちは、こちらへの近寄り方がまるで違う。好奇心はあるのにそれを丸出しにしない。遠慮勝ちにちょっと距離をとり、こちらが近寄るとやっぱり一歩引く。

ラオス人のこの傾向は、彼らの国民性なのだろうか?

国民性といえば、この国の歴史にラオス人気質の一端が窺えるような気がする。考えてみると、この国の歴史上で、強大な権力を持った国家は出現したことがなかったようだ。ルアンプラバーン、次いでビェンチャンを首都としたランサーン王朝、それくらいが精一杯のところだろう。でもこの王朝だって、ビルマやアユタヤに絶えず脅かされていた。そしてついにラオスはシャムの自治州みたいにされてしまった。あげくの果てがフランスの植民地だ。

ラオスの歴史をみてあらためて気が付くことは、ラオスの人は過去一度たりとも周辺の国に攻め入ったことがなかったという事実だ。してみるとやっぱりラオス人は遠慮深いたち性質なのかな?

特筆すべきはラオスの人の笑顔だ。とてもよい。視線が合うと誰もが必ずニッコリする。そのニッコリが自然なのだ。暖かみがこちらに伝わってくる。こびた笑顔というのがない。それがいい。

総じて言えば、ラオスの人は?自然?だ。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、 href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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