PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-タイからラオス編(42)
2009年10月13日 08:15 JST
国境の町、タイ・ナコンパノムからラオスを眺める。(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年10月13日】2ブロック行ったら、街角に象がいた。子連れの象で、子供像が母親象のオッパイを吸っている。親象の背中には人の乗る台座がある。乗せるのかな? 子象をお供に親象に揺られてメコンのほとりをドタリドタリとホテルまで、これもいいな。乗せる?と象使いのじいさんに聞いた。
じいさんは、「いま、この親象は左足を痛めてるんでネ。可哀(かわい)そうだから人は乗せないんだよ」と言った。なるほど、左足を見たら、足先に絆創膏(ばんそうこう)のおばけみたいのがペタッと張ってある。
「バナナをやってもいいですか?」
「よい」と言ったので、屋台へ走っていってどっさりバナナを買いこんできて食べさせた。これできっと、お母さん象の乳の出が今夜はぐんと良くなったはずだ。
ホテルへ戻ってここまで書いた。
実にマメなもんだ。夜になるとこの旅記録だ。その日に見たこと、感じたこと、考えたことをめったやたらに書きつづる。どうもこれが僕の癖になってしまった。スケッチと一緒にこんなしっちゃかめちゃかの記録を送ったら、さすがにわが友の長野君もあきれるだろう。
寺山修司の言葉に、「友情というのは魂のキャッチボールみたいなもの」というのがあった。受け取ったら投げ返す。投げる球の弧が大きければ、受け手の手ごたえはずしりと重い、というのだ。
長野君の投げる球は剛速球だから、ずしりとこたえる。僕が旅で書くこの記録はピンポン球だな。軽い。どこへはずんで行くか、打っている僕がわからない。キャッチボールにならない。でも、ま、いいか。誰に迷惑かけるわけでなし。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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