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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-タイからラオス編(38)
2009年10月09日 07:15 JST


メコンのほとりにあった茶店風レストラン。ラオス・タケークにて。(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年10月9日】現実に戻る。さて、明日はどうしよう?

タケークの町はもう見る処(ところ)は何もない。でも、今日見たメコンの夕陽(ゆうひ)は捨て難い。明日もここに居て夕陽を見ようかな?

そうそう、今日、フロントで「どこか郊外で見るとこない?」と尋ねたら、「タムエン洞窟(どうくつ)はどうですか」と言った。「うへっ、また洞窟かよ」、そう思ったが、突如、思い出した。案内書のどこかに、「舟に乗って見る洞窟」という記載があった。確か、「洞窟は川が山を貫いてできたもので、小舟に乗ってそこに入る」と書いてあった。それがここにあるんだ。

僕はカプリ島の「碧(あお)の洞窟」ではひどく感動した。あのエメラルド・グリーンの水、舟の櫂(かい)の雫(しずく)がはねるたびに、キラキラ、キラキラ、ダイヤモンドが飛び散るようだった。たとえようもなくきれいだった。ここもそんななのかな?

僕はいま、大いにここの洞窟に気をそそられている。明日は「ラオスのカプリ」を見に行くとするか!

1月11日。

洞窟へ行ってきた。とんだ「碧の洞窟」だった。その顛末(てんまつ)、以下のごとし。

俺と言う人間はよくよく大ざっぱにできている。とんでもない「ラオスのカプリ」だった。そもそも、この辺に洞窟が2つも3つもあるからいけないのだ。タムエン洞窟、タムバなんとか、コンロなんとか、いろいろあるのに知らなかった。

僕は「タムエン洞窟」が碧の洞窟とてんから信じこんでいた。

悪いのは、僕の中途半端な記憶だ。それによると、「まずコンロー村まで船で行く・・・。そこで小舟に乗りか換えて洞窟に入る」だった。この記憶、あいまいなものだったのに面倒くさがりやの僕は、もう一度それを案内書で確かめることをしなかった。僕の頭は既に「フロント氏のタムエン洞窟」と「記憶のコンロー村」が合体しており、「船で行く・・・、コンロー村で小舟に乗り換える・・・、タムエン洞窟へ入る・・・」という文脈になってしまっている。言葉のあまり通じない国で、こんないい加減がうまく運ぶはずがない。果たして今日の洞窟見物は、まことにチンケな勘違いの連続となった。

まずフロントだ。

「昨日あんたが勧めてくれたタムエン洞窟へ行こうと思うんだけど、コンロー村行きの船はどこから出るの?」
「? え? おっしゃることよく分からないんですが・・・・。船、ねぇ」
「タムエン洞窟ですよ。船で行くんでしょ? 僕の尋ねているのはその乗船場です」
「? いやあ、船はねえ。どうでしょう。トクトクでいらしたら?」

なんだか会話が変にちぐはぐなのだ。

トクトクの運ちゃんなら分かるだろうと思い、ホテルの前にいたオッさんをつかまえた。でも英語が全然駄目で話にならない。僕は懸命だ。船に乗り、小舟に乗り換えて漕(こ)ぐまねをし、果ては洞窟へもぐる格好までしてみせたのだが、オッさんはキョトンとしている。「コンロー村、船、船ッ」、これも通じない。「タムエンケーブ洞窟ッ」、これも駄目。

そこへホテルで下働きをしている15-16歳の女の子がとんできた。

「お客さん、あたしが通訳してあげようか!」

僕がこれこれしかじかと言い、彼女がラオ語に通訳した。それでもキョトンだったが、やっと通じた。

「そうか、わかった。タムエーンか」

オッさんの顔がほころんで、そこなら行けると言う。ほんとは俺、船で行きたいんだがな。でもまあいいや。オッサンのトクトクで行くことにして、料金交渉に入った。

「いくらで行く?」。「16ドル」。「16ドルは高いでしょ。だって往復5-6時間くらいのもんでしょ」。「じゃあ15ドルで」

彼女が割って入った。

「お客さんはいくらならいいんですか?」
「せいぜい8ドルくらいでいいんじゃない? トクトクなんだもの」
「そう。じゃあ、あたしにまかせて!」

彼女が8ドルに値切った。

「有り難う。君、英語がうまいんだネ」

僕が褒めたら、彼女は鼻高々で、ぐっと顔を上へそらせて、「お客さん、これからも何かあったらあたしに頼みなさいネッ」と言った。まだ半子供なのに、なかなか才気もあり愛嬌(あいきょう)もあっていい娘だ。「和風ハンカチ」だな、この娘は。【つづく】



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PJ 記者