PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-カラコルム・スケッチ編(37)
2009年08月28日 05:00 JST
カシュガルのバザール(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年8月28日】今日は日曜日とあって、起きると早々にバザールへと飛んでいった。カシュガルの日曜バザールは、この日こそ文字通り人種の坩堝(るつぼ)、大変な賑(にぎ)わいを見せ、往時シルクロードの殷賑(いんしん)を極めた時代を偲(しの)ばせるに十分の由。
バザールに着いたら、大変な人出だ。土埃(ぼこり)と人いきれが入り交じり、空気も茶色かと思うほどの異様な熱気があたりに立ちこめる。
車が走る。自転車がひしめく。その中へ馬車が何台も突っ込んでくる。馬車の上には鈴なりの人だ。
バザールの建物は巨大なもので、内部には4000軒もの店舗があるとか。それに加えて路上にはびっしりと露天が並び、さらに地べたには筵(むしろ)だけの物売りがひしめく。
ここで売られている品物は数知れない。「人間以外ならなんでも買える」とか。
金銀細工、銅細工、絨毯、漢方、香辛料、毛皮、布地、帽子、衣服、楽器、骨董、雑貨、食品、いやいちいち書いていたらキリがない。
僕は値切りの名人、あっちの店、こっちの店と値切って歩く。言い値の十分の一からスタート。いやいや、もっとだ! ヨッ、もうひと声!!
別に買う物があるわけではない。だが、値切りの駆け引きが面白くてやっているうちに、成り行き上、買わざるを得なくなることもある。
チンチラの襟巻きの5000円を1000円だッとふざけて言ったら、それで買わされてしまった。
エーッ! 俺がチンチラの襟巻きを買ってドーするんだよォ。
その毛皮屋の親父が僕を店の奥へ連れていった。あたりの気配を伺い、天井裏からなにやら包みを取り出して僕に見せた。
雪豹(ゆきひょう)の毛皮だった。美しい。尾(しっぽ)が太くて1メートルもある! これは、カラコルム、ヒスパー氷河の雪豹?
僕がその滑らかな毛皮をさすっていたら、突如、親父が「3000ドルだッ!」と言った。値切り習い性となっている僕は、反射的に、「800ドルッ!」と言ってしまう。そうしたら、親父がそれで売りそうな顔になったので、慌てて僕は「それは国際保護動物だろッ。そんなもの俺は買わないよッ」と言い、そこを逃げ出た。
ホテルに戻ったら、ドアに張り紙があった。
「クノリとミロでーす。本館の241号へ泊まってマース」とあった。
“エーッ、奴ら、よく僕の泊まっているホテルがわかったなァ”。なにしろ、カシュガルには何百と宿があるのだ。
彼らの部屋に行ってみたら、二人はベッドの上にあぐらをかいて、また割り勘の計算を角つき合わせてやっていた。1泊140円也、これ以上は狭くはできないという小さな部屋だ。ベッド以外なーんにも無い。
早速二人を僕の部屋に連れていって、交代でお風呂を使わせた。
「さあ、今夜は盛大に晩餐会だ!」
聞けば、彼らがチェック・インする時、「ここにイシカワとい日本の方が泊まっていないか?」とためしに聞いたら、答えがイエスだったので、あまりの偶然に二人ともびっくりしたのだとか。これはアッラーの神のお引き合わせだ。
部屋で二人にチンチラの1000円の襟巻きを見せたら、僕も欲しい、あたしも欲しいナと言い出した。チベットで寒くなると困るから……と。
二人を“雪豹の毛皮屋”へ連れていった。
その店に近づいた時、クノリ君が言った。
「石川さんはここに隠れていてください」
どうして? 石川さんがいると昨日と同じ1000円で買わされちゃいます。僕は800円で買うんですから……。クノリ君、自信満々の体(てい)だ。仰せに従って僕はその場に隠れて、交渉を見守った。
クノリ君、もごもごやっていたが一向に埒(らち)があかない様子。10分くらいして僕は出ていった。
「駄目です。2000円までしか負けません」
クノリ君がしょげて言ったので、僕が怒鳴った。
「俺は1000円で買った。だからこそ、友達をここへ連れてきた。それをナンダ、2000円だァ。800円に負けろッ!!」
忽(たちま)ち、800円になった。
店を出てから、クノリ君が頭をかきかき言った。
「値切るのは語学力ではないんですネ。要は、迫力なんですね」
彼は感に耐えたようにそう言い、僕に尊敬のまなざしを見せた。どうだ、クノリ君、見たか!
そんなこんながあって、三人で二日間の大晩餐会をやったのち、僕は北京一泊の経由で日本に戻った。
旅記録の『鎮魂のカラコルム』は、末尾をこんな文章でしめくくっている。
『あ、クノリ君と美利子(ミロ)さんとは、明日の朝、別れを告げる。二人には
「若いうちだ。旅もいい。だが放浪の果てに、放浪崩れみたいな奴にだけはなってくれるな」と、一言だけ訓辞を垂れるつもりでいる。でも、二人ともしっかり者のようだからこれは余計なお世話というものか。
やっぱり黙って握手をし、ただひと言、「ボン・ボヤージュ」と言って別れようか。
僕のカラコルムも、この旅記録も「ボン・ボヤージュ」だ』(『鎮魂のカラコルム』より)
P.S.
2004年の旅にボン・ボヤージュしてから、2006年、またしても僕はカラコルムに再び入った。いきさつは前述したが、その帰路、僕はコックのアリと二人で、ガンダーラ地域と古都ラホールを廻った。その時のスケッチが数枚ある。
明日からそれらを掲載して、そこでこの「カラコルム・スケッチ編」は終わりとなる。
次は、「タイからラオス編」である。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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