PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記-カラコルム・スケッチ編(32)
2009年08月23日 05:00 JST
スストのパキスタン・トラック(画:石川信義) 
【PJニュース 2009年8月23日】今日はカラコルム・ハイウェイのパキスタン側終点、スストまでだ。
スストは、高度4800メートルのクンジュラフ峠手前だから、そこに至る道は一段と険しい山道となる。
途中、谷の分岐点あり。シムシャールに至る谷とか。これを上流に辿(たど)ると、かつて飛田・寺沢さんが挑んだキンヤンキッシュ東北面のヤツギリ氷河に至る。ヤツギリ氷河はひどい荒れた谷で、ヒドン・クレバス(隠れた割れ目)の連続、二人は遂に腹ばいになって進んだとか。
「その氷河からキンヤンの頂上をねらってみたいなァ」
身の程知らずの空想が頭をもたげ、瞬間、齢(とし)のことを思い出してガックリ、未練たらたら僕はシムシャールの谷の奥をのぞきこんだ。
途中、「カテドラル」という名の山を見る。その名通りの“聖堂”の形、山稜も山腹も山全体がギザギザでゴシック建築そのものだ。この山の3000メートルにも及ぶかという正面壁は、圧倒的な迫力だった。
カテドラル左端を迂回し、深く切り立つ断崖の谷に入る。函谷関(かんこくかん)も真っ青という昼なお暗き道だ。いつ落ちるかと思う道を走り続けて数時間、目的地のスストに着いた。
スストは小さな盆地の小さな町だ。後方に走り抜けてきた山塊、前方に峠に至る屏風(びょうぶ)のような岩壁が立ちはだかる。ここには、パキスタン側の出入国管理事務所がある。僕はすぐにそこへ赴き、明日の峠越えのバス予約を済ませてホテルに戻った。
ホテル前の広場には、世界にその名を馳(は)せる「パキスタン・トラック」がずらりと数十台も並んでいた。そのトラックと後ろの山並みをスケッチしたのが冒頭の絵である。
これらの車は、中国国境とイスラマバードの間、つまりカラコルム・ハイウェイを休む間もなく往復している。僕らのジープも、何回も何回もこのパキスタン・トラックとすれ違った。
すれ違うと圧巻だ。
なにしろこの車、車体全部がキンキラキンの装飾、赤、青、黄、緑、ありとあらゆる派手な色を塗りたくり、おまけに至るところ金ピカのぶら下げ飾り、まるで車の御神輿(おみこし)が三台ぐらい合体して、こっちに向かって突進してくるみたいなのだ。
この車は、運転台の上に帽子の鍔(つば)みたいな屋根を大きく張り出している。その上に、三、四人の男たちがあぐらをかいて座る。
僕らのジープとすれ違う時は、そいつらが両手を挙げてイエーイッと叫ぶ。
あぶないよ、お前ら、落っこちたらどうするんだ!!
彼らは平気の平左。
『それにしても、このトラック、これだけずらりと並ぶと、これはもう天下の奇観としか言いようがない。みんな「頭の鍔(つば)」を天に突き出して、どうだ! と言っている。
この前に立ったら、日本の倶利迦羅紋紋(くりからもんもん)の絵付け(ペイント)トラック野郎なんか恥ずかしくって、鉢巻取ってうつむいちゃうだろう。なんといっても、こっちが本家本元なのだから。このパキスタン・トラックこそ、日本を含めた世界中のペイント・トラックの生みの親なのだ。』(『鎮魂のカラコルム』より)
それにしても、僕はパキスタン入りしてから今日まで、なんの飾りもないトラックを1台も見ていない。この国では、飾りのないトラックは、下着だけで歩いている女性みたいなものなのだろう。
それなら、この上着のお値段は?
それがまたべらぼうで、飾りにかかる費用は約5000ドル、平均30万ルピー、小型トラックが1台買えてしまう値段なのだ。
なぜ、そんなにお金かけるの? 見栄?
見栄ではない。立派で派手な飾りをしていないと取引先が信用してくれないからだ、と。これもまた、べらぼうな話だ!
このパキスタン・トラック、一番派手なやつを1台、日本に持って帰りたいな。
何を言ってるんだよ、お前さん。運転免許をいままで一度も持ったことがないくせに。
そうなのだ。僕は生涯無免許。運転免許を取りに行くこと2回。教える奴があまりにえばるので二度とも「無礼者!!」と一喝して帰ってきた。
誰が車なんか乗るもんか!
でも、目の前にあるこの車が買えないのが悔しい。こいつを運転して、教習所の教官に目にモノ見せてやるんだが……。
明日はクンジュラフ峠を越えてパミール高原。いよいよ中国に入る。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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