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PJ: 石川 信義

昔とんぼの旅日記-ウズベキスタン編(17)
2009年07月02日 05:44 JST


(画:石川信義) 

【PJニュース 2009年7月2日】2003年10月6日。目覚めたら、時計は既に10時をまわっていた。起き上がる時、少々体が重かった。今日はだらだらした時間を過ごそうと思い、ベットに寝そべったまま昨夜読みさしの「唐詩選」を再び手にした。ぼやっと活字を追っていたら、どういうわけか陶淵明の詩の一節がふっと頭に浮かんだ。

「人生ニ根帯無ク、颯トシテ陌上ノ塵ノ如シ」というやつだ。

僕も同じだなぁ、ふらふら歩っていて根無し、路上の埃(ほこり)のように風に吹き飛ばされて、当てもなく転々。昨日の夜空の星にくらべるとなんだかはかない気もするが、まあ人ってそんなもんか、もののあわれが分かるほうがいいや、それが楽しいという人もいるさと、生来呑気(のんき)な性質(たち)の僕はそう断じて、ベットから起き上がってふらっとホテルを出た。

足はやっぱり昨日ブルー青で感動した「カラーン・モスク」へ向く。

今日は中へ入ってみた。人気ない中庭がとても気に入った。中央に一本だけ大樹、回廊に囲まれた庭はその木以外に何も無い。飾り気のない簡素な趣がよい。

モスク入り口の階段に腰を降ろし、見降ろす形で中庭をスケッチした。リュックを背負って大樹を見上げている僕の姿も絵に小さく入れた。

そのあと、大樹の根っこにもたれ、ウォークマンでエミネムのラップを聴いていたら、ついウトウトとまどろんでしまった。木蔭(こかげ)のひんやりがとても心地よいのだ。目を開けたら、前に一人の少年が立っていた。何時来たのかまったく気付かなかった。少年は突っ立ったままじっと僕を見つめている。さっぱりした身なりで賢こそうな顔だ。小学校6年生くらいかな。

彼の顔が、「私にもそれを聴かせて下さい」と言っている。ヘッドフォーンを外して、彼の頭に装着してやった。

彼は体でリズムをとって嬉(うれ)しそうに聴いていたが、そのうち、ヘッドフォーンを外してなにかしきりに言い出した。言葉はまったく分からないが身ぶりから推して、「もう一人連れてくるから、そいつにも聴かせてくれ」と言っているようだ。笑って「O・K」と言ったら、急いで走り去った。

5分くらいして彼が連れてきたのは5-6歳くらいの女の子だった。彼の妹なのだ。手をつないで一生懸命に走ってきた。

この女の子がまた良かった。

ここではエミネムのラップが大もてらしい。たちまちこの子も体一杯でリズムを取り出した。ラッパーさながらに上体を小刻みに動かし、手をマリオネットのように振る。稚(いとけな)いから足をバタバタさせる。満面の笑みだ。ミソッ歯をのぞかせ、顔が崩れんばかり、これはもう天使の笑顔だ。こういう表情は、いまや日本の子供ではもうめったに見られない。

僕はこの二人の兄妹(きょうだい)がすっかり気に入ってしまった。スケッチを見せたり、双眼鏡でミナレットのてっぺん先端を見せたりで大忙しだ。二人の手を両手で引いて、モスクの中や回廊の装飾を見て廻(まわ)ったりした。「君たちはいい兄妹だネ」、日本語で言って握手でお別れをした。妹の方がそっくり兄貴の眞似をして、「スパシーボ(アリガトウ)」と恥ずかしそうに身をくねらせながら言ったのが可笑(おか)しかった。【つづく】

■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。

著書に、心病める人たち 開かれた精神医療へ岩波書店(1990年)、鎮魂のカラコルム岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』『精神病院を語る』(共著)『開かれている病棟おりおりの記』(以上、星和書店)などがある。書評は(中日新聞)鎮魂のカラコルムなど。

【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。

石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』

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