PJ: 小田 光康
鋸岳から甲斐駒ヶ岳へ=南アの岩稜コースを歩いた(中)
2009年07月02日 08:52 JST
鋸岳の鹿ノ穴。大きな岩壁に大きな穴が空いている。(撮影:小田光康、6月28日) 
【PJニュース 2009年7月2日】鋸岳の登り口、戸台川沿いにある角兵衛分岐から水場のある大岩下ノ岩小屋までは主にカラマツ林を登る。登山道は廃道寸前といった趣で、道筋がよく分からない。ところどころに赤布が付いているのだが、それを見落とし何度か道に迷った。高度をぐんぐん上げていくので、呼吸が激しくなってきた。
ザックに格納したハイドレーションパックは便利だ。水筒からホースが出て口元に飲み口をセットできる。歩きながら水が飲める水筒のようなものなのだが、これが登場して山歩きの快適さが劇的に変化したのではないだろうか。トレールランニングには必携である。
大岩下ノ岩小屋には正午ごろに到着した。地名のようにここに小屋があるわけではない。大きな岩壁から水がしみ出していた。ここから鋸岳を経て六合目岩室まで水場が無いので、ハイドレーションパックとザックの中に詰め込んでおいた普通の水筒の両方に水をつぎ足した。
ここから角兵衛沢コルまでが大変だった。中小の岩がごろごろするガレ場歩きだ。しかも、登山道がよく分からない。赤布も点々としか付いていない。登山道を踏み外すととたんに足場ゆるくなり、足を置いたとたんにに崩れる。足元が崩れ落ちるので、支えを失った山側の岩が落ちてくる。一歩踏み出すたびに「ザザザ」と岩が崩れる音がした。
途中から完全に登山道からそれてしまい、沢の端を詰めていった。3歩登って2歩ずり落ちるという感じだった。角兵衛沢コル近くまで登ると、登山用の杖が落ちていた。「なんでこんなところに落ちているのだろう」と考えてしまった。見上げると絶壁が迫っている。「もしかしたら、登山客があの崖から滑落したのかも」と思って、辺りを見回したが、それらしき姿はなかった。
やっとの思いで角兵衛沢コルまで行き、この話を同行した先輩に話すと「杖が邪魔くさくなって、置いていったんじゃないの」と一蹴された。あんなところで杖が邪魔くさくなるのも、置き忘れるのも考えづらいのだが・・・。
こんなことよりも、すでに2時間もロスしているので、先を急がねばならない。コルから鋸岳第一高点までの約30分間は岩稜歩きだ。岩や草、木につかまって登っていく。あっけなく鋸岳第一高点に到着したのだが、この後が大変だった。先に鋸岳の特徴はギザギザの稜線と述べたように、大きなアップダウンを繰り返す。急な斜面で足場が悪い。ところどころ鎖場があった。数年前くらい前だと、ザイルを出して踏破したという記録があったが、新しい鎖が付けてあり、その必要はなかった。
鹿穴という岩壁に大きな穴が空いた場所がある。山梨県側からのぞくと穴の先に仙丈ヶ岳が見えた。ここも鎖場の一つで、今回の山行で一番足場が悪かった。一歩降りるたびに、がれきがザザザーと落ちる。ルートをよく確かめながら鎖にしがみついて降りた。この辺りは地図上では小ギャップ、大ギャップと記されている場所だ。
第二高点に到着したころには疲れ果てていた。午後3時半。この日の予定は六合目岩室まで。あと2つも3つもアップダウンを繰り返さねばならない。最初は六合目岩室まで行くぞと気張っていたのだが、だんだんその気持ちが萎えてきた。中ノ沢乗越を過ぎた辺りから、「どこかよい場所があったらテント張ろう」ということになった。三ツ頭手前のコルに小さな広場があり、そこで幕営することにした。午後5時半。
先輩が今回はデトックス山行だというので、昨夕まではアルコール持参はやめようと思っていた。けれども、夕方から旅館で酒を飲み出し、過去の経験からアルコール抜きのテント泊はつらいものがあることを強烈に思い出して、自動販売機で缶酎ハイを2本買ってザックの中に忍び込ませておいた。
テントを張り終わり、ザックの中から缶酎ハイを取り出して「飲みますか」と先輩に聞くと「昨日、ザックに入れていたの知っていたよ」とだけ言って、栓をひねってガーっと飲み出した。デトックスでは無かったのだろうか。その後、中華丼を作って、そさくさと寝袋に潜り込んだ。ようやく日が落ち、辺りが暗くなってきた午後7時半ごろのことだった。【つづく】
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