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PJ: 宮本 聰

ガンバレ!最後のランに沿道から盛んな声援=横浜国際女子駅伝FAINAL
2009年02月23日 08:14 JST


スタート・ゴール地点となった横浜赤レンガ倉庫(2月22日、撮影:宮本聰) 

1983年に始まり、数々の名選手を輩出してきた横浜国際女子駅伝が幕を閉じました。今年11月に横浜市で新たな国際女子マラソン大会が開設されることに伴い、今大会をもって終了することになったものです。

 晴天に恵まれた22日、みなとみらい地区にある赤レンガ倉庫発着、八景島シーパラダイスを折り返す42.195Kmで熾烈(しれつ)な争いが繰り広げられました。日本は過去に9回優勝し、最後の走りにもその期待がかかりました。

 日本、ロシア、米国、ケニアなど7か国と国内の地域選抜7チームが出場。4年ぶりの優勝を狙う日本ナショナルチームは、今夏の世界選手権ベルリン大会でマラソン代表に内定している渋井陽子(三井住友海上)、北京五輪五千メートル代表の小林祐梨子(豊田自動織機)らベストの陣容で臨みました。

 1区から全区間トップの座を守り抜いた日本ナショナルチームが、1時間15分5秒で見事な優勝を成し遂げました。駅伝には少し暑いほどの気温をものともせず、1区・2区共に区間新と若手の台頭が光りました。最後は渋井陽子が磐石な走りを見せ、ゴール寸前でサングラスを外し、沿道の観衆に手を振る余裕さえみせていました。

 過去の出場選手を見ると、爆走の女王といわれたクリスチアンセン(ノルウェー)、美しい走るバラと称されたモタ(ポルトガル)、エチオピアの名花ロバ、そして日本人では高橋尚子(積水化学)、野口みずき(グロ−バリー)、千葉真子(旭化成)、土佐礼子(三井住友海上)など、数え上げればきりが無いほどの名ランナーを輩出した国際的にも有数の女子駅伝でした。

 この駅伝をほぼ毎年観戦してきたという西区在住の男性(46)は、「これでハマの名物がひとつ消えると思うと寂しい。新たに始まる横浜国際女子マラソンに期待したい」と話していました。【了】

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