PJ: 高橋 清隆
鎌倉にある金沢の影
2010年01月26日 11:26 JST
昨年6月まで使われていた前田家の鎌倉別邸(撮影:高橋清隆、1月11日) 
【PJニュース 2010年1月26日】2年前の今ごろ、わたしは鎌倉の魅力に引き込まれた。まるでこの町が呼んでいるかのような感覚にとらわれたことを、つたない数本のエッセーにしたためてきた。一体、鎌倉の何がわたしを呼んでいたのだろう。
理屈からすれば、鎌倉の風情ある町並みそのものが正体ということになる。偶然あった上映会の取材やドリカムのプロモーションビデオ、両親からの電話はその導き役を果たしてくれた。木村定男氏の乗り物絵は、鎌倉の風景がわたしの心にしっくりくるものであることに気付かせてくれた。わたしの脳と鎌倉の町には、同じ波長が流れているのかもしれない。しかし、日本海側で生まれ育ったわたしに、この町とどんな共通項があるのだろうか。
昨年訪れた際、江ノ電に乗っていると、ある広告看板が目に留まった。
「鎌倉→金沢 直通高速バス」
面白いと思った。どちらも一大観光地である。が、当然、生活者もいるから、このような需要も生まれるのだろう。
帰ってきて観光ガイドブックをぱらぱらめくっていると、さらに興味深いものを見つけた。鎌倉文学館である。「旧加賀藩主前田侯爵(こうしゃく)の別邸として建てられ、昭和11年に洋風改装された」と記されている。三島由紀夫の小説の舞台にもなっているらしい。わたしの鎌倉観光など、本もパンフレットも見ずに心の赴くまま歩いたり、電車に乗ったりしているだけ。何度も足を運びながら、ようやく当たり前の情報を得た。
前田家の居城はご存じの通り、金沢城である。わたしはこの中で1年半学んだ。大学院時代を過ごした金沢大学があったからである。(その前身といわれる)旧制第四高等学校の設立に際しては、前田家が費用の半額を寄付した。前田利家を祭る尾山神社は四高(しこう)の守り神。わたしのかばんにはいつも尾山神社のお守りが入っている。
局所的な事柄とはいえ、意外な発見だった。経済人類学者を自称する栗本慎一郎氏はかつて『都市は発狂する』で、金沢は東京の裏側だと主張していた。わたしには鎌倉が金沢の裏側に見える。ただし、両方とも「光の都市」でなく「闇の都市」を感じる。古都の趣漂う2つの都市は、中央構造線および糸魚川静岡構造線を軸に対称の位置に映し出された双子のようだ。
初詣での帰り、初めて鎌倉文学館に足を運ぶことにした。夕暮れ時、由比ヶ浜駅で降りて小高い山の方に向かって歩いていくと、突き当たりに大きな門が構える。きれいに掃き清められた私道の左側にもう1つ門があり、奥に白亜の洋館がのぞく。表札には「前田」の名が。立派な建物を横目にさらに道なりに進むと、重厚な門が開かれていた。内側に入って歩き出すと、警備員が出てきた。
「駄目、駄目、駄目。4時半で閉館だから」
「まだ4時15分何ですけど…」
理不尽にも静止されたが、外観だけ撮らせてくれた。伝説の文学館は、森の伐採された緩やかな斜面の中腹にそびえていた。シャッターを切り、警備員に尋ねる。
「隣の白い洋館は何ですか」
「ああ、あれはおばあさまがお住まいになっていた家です。いわば、別邸ですな」
話によれば、前田家第17代当主であるご長男は東京に住んでいるとのこと。鎌倉に暮らしていた「おばあさま」は昨年6月に他界し、白い洋館は空き家になっている。わたしはこちらの建物の方に物語性を感じる。
門を出て、薄暗い路地を海に向かって歩く。長土塀に囲まれたお屋敷や、意匠を凝らした近代住宅が連なる。ふと表札に目をやると、「前田」と書かれている。偶然だろうか。試しに反対側の家を見ると、ここも「前田」。隣も同じだった。一族とその家来たちが、そろって移住したのかもしれない。事実上の小金沢ではないか。
海に出て山の方を振り返る。と、一枚の白黒写真が頭に浮かんだ。金沢時代の指導教官が見せてくれた古い写真である。「おれは若いころ、自宅の庭に手製の小屋を建てたんだ。すごいだろう」。夏草の刈り込まれたなだらかな斜面が背景にある。恩師が鎌倉のお坊ちゃんだったことを思い出した。
教授には公私共にお世話になり、今年も年賀状が来た。【了】
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