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PJ: 高橋 清隆

【書評】『オバマの本棚-人を動かす言葉の裏に膨大な読書あり-』松本道弘(世界文化社)
2009年09月10日 07:43 JST


 

【PJニュース 2009年9月10日】黒人の血を引く初めての米国大統領バラク・オバマ氏の実像を、彼の蔵書からとらえようとした斬新な本である。著者の松本氏は、独学で英語の同時通訳の第一人者まで上り詰め、NHK教育テレビの英語講座の講師も務めた気迫の人物。

支持率が急落中の大統領だが、同書が出たのは2009年8月1日で、世界の期待を背負っていた。「まえがき」を読むと、あまた出ているオバマ演説の学習教材への不満が執筆動機になったことがうかがえる。

内容は文法や語感、思想にまで立ち入っており、それら教材本と一線を画す。50の演説と解説、30の愛読書の紹介、10の分析から成り、演説は前年の大統領選から今年7月のベルリンで訪遊までの、象徴的な部分を抜粋している。

収められた愛読書は30だが、松本氏はこの本を書くためにオバマの「お気に入り」と発表された50冊以上の原書を読み、「聞いた」「見た」とされる音楽や映画を知る限り点検した。勉強嫌いなわたしは、この予備作業だけで気が遠くなる。

演説解説の一例を挙げると、大統領選の勝利演説では次のくだりがある。
“The road ahead will be long. Our climb will be seep We may not get there in one year or even in one term.”

ここでの“get there”とは今の米国を悩ます経済危機や対テロ戦争、エネルギー、教育などの諸問題が解決された状態を指す。普通なら“achieve the object”とするところだが、オバマの特徴はこのようなBig word(難解な単語)を使わず、口語調の言葉を選ぶことだという。

冒頭文「目の前の道は長く、坂は険しい」は「ローーーング」「スティーーープ」と強く音を重ねる。「道」「坂」という単語は脳裏に具体的なイメージを刻み、聴衆のテンションを高めていることに注目する。この演説は大喝采(かっさい)を浴びるが、最後に“a people”という言葉を使ったことを見逃さない。「一つの国民」という意味を表すからだ。

言葉の語感に言及する部分は、英語の達人の真骨頂である。例えば、大統領就任演説では、“God’s grace”(神の大御心)や“great gift”(偉大な贈り物)“to future generation”(未来の世代に)などGが多用されている。松本氏によればGワードには“ground”(土)“genes”(遺伝子)“Genesis”(創世記)などに見られるように、土の中からボコッと生まれてくるイメージがある。就任演説でGワードを用いたのは、米国が直面する困難を打ち破るのに「原点の力」が必要不可欠と考えたのではないかと指摘する。圧巻である。

本書でのオバマ評価は、総じて好意的である。それは、7つの章の見出しにも表れている。「空気を読み、情勢をつかむ オバマの臨機応変演説」「『ブレない』オバマの芯にある 原理原則」「オバマを大統領へと押し上げる 優れたバランス感覚」といった具合だ。

武士道をむねとする著者が大統領に引かれた理由はおそらく、逆境にあらがったオバマの半生にある。ケニア人の父と米国人の母の間に混血として生まれ、母の再婚でインドネシアに移住した。『ガンジー自伝』に影響され、公民権運動指導者のキング牧師にあこがれ、黒人解放運動指導者のマルコムXを敬愛した。その上、哲学思想を渉猟(しょうりょう)したオバマなら、矛盾に満ちた米国を、世界を変えてくれるのではないかと。

しかし、同書はわずかながらオバマの陰にも触れている。例えば、「ムスリムとの和解」と題したカイロ大学の演説で彼は、「わたしはクリスチャンです。しかし、わたしの父はイスラム世代を含むケニアの一族の出身でした」と語っている。

松本氏はこれを「フロイドの失言」、つまりうそがばれることを恐れる潜在意識から、聞かれもしない言い訳をしたとみる。「彼は出自からすればイスラムも同然なのである」と記す。

終章の「分析」では、今の米国をローマ帝政末期になぞり、その瓦解を予見する。ローマによる平定を終わりに導いたのは、リビア出身の黒人皇帝の登場だった。彼はキリスト教徒を徹底的に迫害したとされる。さらにシーザーを例に、ファシズムの到来と暗殺を示唆する。

ただし、オバマの陰への言及はここまで。オバマが三極委員会の共同設立者ブレジンスキーの操り人形で、ロシアと中国とを全面戦争に引き込むためにウォール街に送り込まれたとの有力な説には踏み込んでいない。

松本氏に会ったとき尋ねると、意外な答えが返ってきた。「実はそういった本も読んで原稿に入れたんだけど、全部削られてね……」。オバマの正体解明に不満を覚える読者もいるかもしれないが、受発信する言葉の分析から素顔に迫ろうとした試みは画期的である。第一級の英語力を持つ著者ならではの偉業である。【了】

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