PJ: 高橋 清隆
海にもまれ、夢を育てる若者たち=東京海洋大の乗船実習を追う(下)
2009年03月20日 09:20 JST

ハワイ島を前に「日本丸」の甲板に集まる矢澤さんら実習生たち (07年8月、提供:東京海洋大) 
(上)からのつづき。
つらい乗船実習支える寄港の楽しみ
大学院海洋科学技術研究科2年生の矢澤隆博さん(24)は、専攻科まで通算1年の航海実習を経験した。中でも、学部1年生のときの最初の航海は衝撃だった。高校時代野球部で鍛えたつもりだが、入学して先輩に言われたのは「実習の教官は怖いぞ」の一言。いざ出てみると、敵は船酔いだった。
「7月に出て、3度の台風に遭いました。2週間ずっと船の中で過ごすときもあり、ほとんどの学生が吐いて倒れ込みました。それでも当番の4時間は、ずっと立って働いていなければなりません。経験したことのない試練でした」
密室空間の長旅で大切なのは、協調性。船内でのけんかは御法度の筆頭項目だ。
「6人部屋には、初めて会う人もいます。少人数教育と言っても、実習には別の学科の人もいるし、2年からは旧神戸商船大(神戸大海事科学部)も加わります。当然、苦手な人もいました。言い合いはしましたが、互いに我慢してじっとこらえました」
それでも、ずっといると仲良くなり、楽しみも生まれてくる。自由時間にはトランプで遊び、みんなで筋力トレーニングをした。「青雲丸(せいうんまる)」などの大型汽船にはバスケットのコートもあり、重宝したという。
「司厨部(しちゅうぶ・料理人のこと)が作ってくれるご飯がおいしくて、ついつい太るんです。歩くのは、部屋から船橋(当直が詰める航海士の仕事場)までの距離くらいですから」
最も楽しいのは、寄港地に着くとき。
「授業の一環として、知らない土地へ行けるのが魅力です。旅行はほとんどしたことがありませんでしたが、ここに入って国内はほぼ回ったと思います。沖縄には海パンを持参して泳ぎに行きました。これがあるから、つらい訓練も乗り越えられるのだと思います」
船上で意外に苦しさが伴うのは、天体観測だという。六分儀(ろくぶんぎ)と呼ばれる測定器具を使い、星や太陽の高度を決まった時間に観測する。専攻科の実習では、教わった日から毎日欠かしてはならない。今は衛星を使った測位システム(GPS)があるが、帆船の操縦はこれを使いこなせることが要件である。
「安心して寝られるときがないんです。例えば午前零時から4時までの勤務だと、10時と正午にまた記録を取らなければなりません。お昼を食べたらまた働き、夜は星の位置を取ります。風呂に入って寝るのは午後11時といった具合です。4時〜8時の当番になったら、帆を上げたり畳んだりもしなければなりません」
人見知りした船友とも、最後は号泣
海洋工学部で造船学を教える庄司邦昭教授は、乗船実習の意義について話してくれた。
「実習で重視する点は、陸上で勉強したことを実際に生かしてみることです。単に技術的な習得だけでなく、船の中での協調性や、団体の中で自分の役割を発揮する意識が求められます。安全面では、自然の変化にさらされたときの対処の仕方も問われます」
庄司教授はこの大学で30年間、船に乗り込む学生を見てきた。
「もともとこの大学には、目的をはっきり持って入ってくる学生が多い。昔から、しっかり実習に取り組んでいる。ただ、最近は一人っ子が多く、戸惑う学生が見受けられる。かつては全寮制で陸でも海でも数人の相部屋だった。うまが合わない人もいるかも知れないが、コミュニケーション能力は養われるもの」と期待を掛ける。意思疎通をいかに取っていくかが重要のようだ。
院生の矢澤さんが「船の上では自分のスペースはベッドの上だけ」とつぶやく。長い航海実習が終わりに近づき、東京の明かりが見え始めると、ほっとするという。
「夜中に浦賀水道を通って東京湾に入ってきたとき、予約した岸壁の使用日の関係で一晩停泊することになりました。車の光が見えて、仲間と『陸はいいなあ』『ディズニーランドは楽しそうだなあ』と口をそろえます。地方に寄港するときは『やった、遊ぶぞ』という感じですが、東京に戻るときは、『休みたい』という心境です」
明け方桟橋に着くと、甲板で下船式が行われる。人見知りしたルームメイトも、厳しい士官も、互いに肩を組んで泣くという。「とにかく別れるのが寂しくて、純粋にそれだけなんです」。卒業生が「海洋会」(旧水産大生は「楽水会」)を組織するほど固いきずなで結ばれている理由が分かる気がする。
矢澤さんの将来の夢は、国土交通省海事局の職員になってすべての海上関係者に尽くすことだ。海のない長野県に生まれ、中学生のとき母親が借りてきた本に影響されて航海士を目指した延長にある。海にもまれる若者たちの未来は大きい。【了】
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