PJ: 高橋 清隆
鎌倉がわたしを呼んでいた
2008年12月16日 07:48 JST

江ノ電・極楽寺駅脇(撮影:高橋清隆、12月5日) 
世の中には、不思議な巡り合わせがある。俗に「偶然」と呼ばれる出来事は、実は用意されているのかもしれない。わたしの鎌倉との出会いは、そう感じさせるものだった。2月初め、ドリームズ・カム・トゥルーのCDを1カ月遅れで入手した。苦心して探し、届いた初回限定版にはプロモーション映像が数曲収められたDVDが付いていた。その中の「きみにしか聞こえない」が気に入った。十代後半の男女が古い町をデートする場面がちりばめられている。
わたしは年明けから1カ月半、怠惰な体にむち打って机に向かってきた。外国の利益のため自国を守る勢力をたたくマスコミ報道にうんざりし、発表するあてもないのに思の丈をつづってきた。一区切りがついた夜、ネットで「きみにしか聞こえない」の別の動画を見つけ、鑑賞した。
この曲は映画の主題歌らしかった。民放を見ないわたしは1年近く遅れていた。思春期の若者を対象にした流行映画のようだが、切ない音楽に乗って現れる街並みや海岸は、無性にわたしの胸を打った。ドリカムはすべての人を愛し、心を震わせてくれる。夕日を浴びながら手をつなぐ男女に、うまくいかなかった自分の思い出を重ねた。
翌日、初めて鎌倉に行った。同市の医師会と映画鑑賞グループがマイケル・ムーア監督の『シッコ(SiCKO)』を上映するので、取材しようと思った。米国の保険業界のための医療制度改革の進行は深刻な問題だからである。鎌倉に近づくにつれ、車窓の景色に見とれた。山すそにたたずむ神社や家屋。ゆっくり時間が流れているようだ。駅を下りると、土産物街に現実離れした気配を感じた。
取材を終えると、日が暮れかけていた。暗くなった神社や海を訪ねるのがはばかられ、帰路に就く。惜しい気もするが、スーツ姿でふらふらするのもみっともない。記事を書いて翌日、映画『きみにしか聞こえない』のDVDを借りた。ようやく自分には気分転換する資格があると思えた。
映画には一部、鎌倉の街が映っていて驚く。ただし、物語の内容は悲劇だった。ハッピーエンドのプロモーション映像は、アナザーストーリーとして作られたらしい。もちろん、わたしはこちらを好む。こちらに出る街や海はすべて鎌倉のものと分かった。昨日見た路地や小川も。
なぜ、確率的に低いことが人には起こるのか。ソニーでCDや愛玩ロボットなどを開発した天外伺朗(てんげ・しろう)氏は著書で、準備した人の元へ宇宙は好機をもたらすと説明する。なるほど、人間世界は集合的無意識でつながっているとユングも説いていた。自分なりに取り組んできたから、あこがれの風景に会わせてくれたのかもしれない。
天外氏によれば、物欲や制約を離れ、心からやりたいことに専心すれば、宇宙が後押ししてくれるという。もうしばらく書き続け、春になったら私服で鎌倉を訪ねたい−−。そう考えていたら翌日、北陸に住む両親が珍しく電話してきた。
「今、鎌倉に来てるの。一緒に夕飯でも食べない」。
【了】
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