SakuraFinancialNews

Updated: Mar 05 08:20    

HOME > (490) > イノベーションを喜べないわたし...

PJ: 高橋 清隆

イノベーションを喜べないわたし
2008年12月12日 15:45 JST

「世の中はいつも変わっているから、頑固者だけが悲しい思いをする」。中島みゆき『世情』の一節である。保守主義者を自認するわたしは大抵の改革に反対だが、変化に対する抵抗を最も実感するのは商品が変わるときかもしれない。

 先週一足早く大掃除をしたわたしは、電灯一式を取り換えることにした。駅前の新しいショッピングビルにある電気店に行き、店員に「これらと同じものを」と頼む。製品によって色調が微妙に異なり、失敗したことがあったからだ。若い男性店員は面倒くさそうな顔をしたが、程なくひとそろえを持ってきてくれた。しかし、1種類は違う商品だった。

 「これは…」。わたしが不審な顔をすると、彼は口を開く。「うちではこれになってしまいます。同じですよ」。同じメーカーの高級品だった。「プレミア」と銘打ってある。 「ノーマル品が今おたくに置いてないということですか。存在はするんですよね」「存在はします」。

 少し迷ったが、買わなかった。通常品こそ需要を喚起すべきと思うからである。ところが別の店に行っても見当たらない。おまけに、「出ているだけになります」「こちらになります」といった説明にならない言葉が返る。「なぜ通常品を置かないんですか」と尋ねると、煮え切らない説明が始まる。

 「当店ではスペースが限られているため」とくる。「メーカーの指導ですか」と向けると、「お客さまのニーズを考えまして、こちらの方を置いています」。「おたくでは通常品よりプレミアの方が売れたんですか」「いえ、相対的な比較ではなく、プレミアに需要があると判断しまして」。押し問答しても無意味だと思った。4軒回っても同じだったから、メーカーの販売戦略で高価品に一本化するつもりなのだろう。小売店が逆らえるわけがない。これは事実上の値上げである。

 しかし、技術革新(イノベーション)はこうして実現するのかもしれない。新しい電灯は従来品の倍近い値段だが、持ち時間も長い。同一商品で2種類の寿命があったら、古い在庫が吐けなくなる。環境面にも悪い。自動車や洗濯機だって、そうやって進歩してきたのではないか。新幹線の料金は高いが、大阪まで3時間で着ける。

 それでも気分が晴れないのは、どの店員も事実を潔く認めないことだ。高価格品を買わせようと、適当なことを言って消費者を丸め込もうとする姑息(こそく)さが漂う。こんなことに敏感になるのも、経済が悪化の一途をたどっているからかもしれない。もしプレミアビールが出た代わりにラガービールがなくなったら、あなたはどう感じるだろう。ハイオクガソリンを普及させてレギュラーを廃止したら、どうか。新しい通貨を発行する代わりに、従来の円の価値を1000分の1にすると言われたら平気だろうか。

 この家電メーカーの創業者は、良質の商品をあまねく行き渡らせて人々を幸せにする「水道理論」を唱えている。高値の商品への切り替えは貧困層を苦しめはしないか。しかし、時代とともに変わる商品に愛着を持つわたしの方がおかしいのかもしれない。母が合成洗剤をべっとり塗り付けて皿を洗ったり、毒々しい無果汁のジュースを飲むのを諭すたび、「男のくせに小さいことばっかり気にして」と怒られてきた。

 技術革新によって生きにくくなるのは、貧困層より、わたしのような頑固者かもしれない。【了】

■関連情報
高橋清隆の文書館
PJニュース.net



関連記事:
タグ:
pagetop

PJ 記者