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PJ: 高橋 清隆

胸に響く江ノ電の絵を見つけた 故・木村定男画伯の作品
2008年12月11日 10:00 JST


春には菜の花が咲いた旧鵠沼(くげぬま)鉄橋付近(木村定男 作) 

美術の世界に無縁なわたしでも、はっとする絵がまれにある。木村定男氏の描いた江ノ電の水彩画は、時代を超えてわたしの胸に響く。わたしが木村画伯の絵と出会ったのは、今年3月。鎌倉を訪れた際、土産物屋に絵はがきとして置かれていた。駅前から続く小町通りはにぎやかで、カメラを提げたりガイドブックを手にした観光客でごった返す。団子屋や干物店、アクセサリー店の前に人だかりができている中、その店は店員1人しかいなかった。木造平屋の古い構えで、千代紙や便せんを並べているから、文房具屋に見える。ビニールの陳列ケースのポケットに、画伯の絵は差されていた。

 藤沢市内の軌道区間や海が迫る鎌倉高校前近くを走る江ノ電が描かれているが、どれも古い。今や一編成を残すのみとなった300形が中心だし、踏切を待つ乗用車は昭和50年代の型である。しかし、列車が木陰から出てくるときの驚きや、商店街を行く列車の圧倒感が的確に表現されている。繊細でいながら重量感のある筆遣いが生きる。

 「その方はもう、亡くなられましてね」。熱中してしゃがみ込んでいたわたしに、初老の女性店員が声を掛けた。故人とは残念だが、被写体の古さから無理もない。「隣の絵は、今活躍中の方です。お若い方にも人気ですよ」。江ノ電や鎌倉周辺を描いた絵はがきはたくさんあった。一通り眺めてはみるが、木村氏の絵は別格に思えた。

 気に入ったのを4枚買う。帰宅してネットで木村氏を調べると、戦後のわが国を代表する乗り物絵の画家と分かる。1922年、大阪に生まれる。美術学校を出て高専で教べんを執った後、50年あまりにわたって鉄道や自動車、船、飛行機など、世界の乗り物を描いてきた。画集も3冊出ている。1999年12月、享年77歳で他界。江ノ電の絵が多いのは、晩年逗子(ずし)に住んだためらしい。

 わたしは以来、鎌倉に足を運ぶたびに彼の絵はがきを買うようになった。しかし、7月に訪ねた際、在庫が空になっていた。入荷がなくなったとのこと。感動を人にも分けたいと、威勢よく投函(とうかん)したのが悔やまれる。残った1枚は、わたしの宝物になった。【了】

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