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PJ: 鈴木 修司

「裁判員制度」の開始に思う。法律をつくる人とは?
2009年05月20日 07:27 JST

いよいよ裁判員制度がスタートする。刑事事件の裁判に、一般人が参加してその量刑の裁定に加わるのだ。それは、それで当然なことであり、これで日本の社会も一歩前進したのかもしれない。

しかし、国民がひとつ忘れていることが、あるのではないだろうか? 法律を制定するのは誰であるかということである。裁くための基本の法律をつくる機関はどこなのか。「立法府」つまりは「国会」「地方議会」なのだ。

その議員さんたちがすることで、「私は法律に触れていません!」と、はっきりと説明もなく堂々としている。悪い言葉で言ってしまえば「泥棒に縄を綯(な)わせて」いるようだ。

刑事事件ならば、その是非も簡単であろうが、その他の事件では、その立証が難しいのである。議員とはこのように重要、大切な仕事をするために、一般人より優れた人物が代表になっているはずである。とすれば、その立場は、当然「世襲的」「職業的」になってはならない。

予算を審議するのみが「議会」ではない。この辺りの常識が、今の日本は何か狂っているような気がしてならない。「刑法」も「刑事訴訟法」もすべて「国会」で審議され、議決されているのだし、その改正も日々「議会」で行われるのである。「日本国憲法」はその改正が一度も行われていないので、厚くならないが、それ以外のすべて法律は、常に国会で審議されて改正が行われる。「六法全書」は、毎年毎年、更新され厚くなっている。

私には、最近起こった「公然猥褻(わいせつ)罪」と「政治規制資金法違反」は、法律違反という意味では差があるとは思えない。社会的制裁という意味からも、おかしいといってもよいのではないだろうか? 刑事事件は、一般人に裁判に参加させて、究極の「死刑」の判決にも加えるのに、その他の事件については一般人の感覚での判決に加えないというのも、何か妙である。

「公序良俗」という言葉があった。現在ではこの感覚はまったくと言っていいほど忘れられている。1959(昭和34)年発行の「新言海」ではこの言葉は「公の秩序と善良な風俗と」としているが、最近の国語辞書にでているのだろうか?乱れ切っている現代にこの言葉はそぐわない。

が、この「公序良俗」こそが「法律」を制定し、施行するもっとも基本なのだ。「公序良俗」が守れないから「罪」として「裁き」「処分」されるのである。「法律」はそのために存在する。その「法律」を審議・制定する人が「議員」である。その「議員さん」たちの行状は、もう眼を覆うばかりの失態・醜態ばかりだ。「法律」には違反していませんと、公然と言い放つ方々ばかりである。

明日から一般人が「他人」を裁く。確かに「犯罪」の中でも、「刑法犯」は悪質かもしれない。しかし、直接手を下さないでも、もっともっと悪い人たちが、罪を犯しても何食わぬ顔をし、社会的制裁も受けずに堂々と闊歩(かっぽ)している現実を「一般人(国民)」が「許す」ことのできない時にきていることも「立法府」の諸氏は理解しておくべきである。【了】

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