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PJ: 池野 徹

「ザ・テンプターズ」のドラマー、大口広司の1周忌ライブ。
2010年01月27日 06:50 JST


"Man Of Memory ! " (撮影:池野 徹、1月25日) 

【PJニュース 2010年1月27日】昨年、58歳で肝臓ガンで逝った名物ドラマー、大口広司の1周忌ライブが、命日である1月25日渋谷のDUOであった。大勢のミュージシャン仲間と、ファンがかつての破天荒なアーティスト大口広司を忍び、盛り上がった。

5年前、私の写真展の最中に行われたライブセッションの時の大口広司の写真を奥さんに渡し、白いバラに囲まれた遺影の側に置いた。酒とバラの日々だった彼の人生を思い起こさせる、若い頃からの知己、BAR AMRTAのオーナー阿部讃平のMCでライブは、はじまった。

大口ファミリーバンド、深水龍作&Deep Mouse、GHQ、TENSAW、大口プロジェクト、とドラムに、ジョニー吉永、キーボードに篠原信彦等が参加し、JOE 山中がSTAND BY MEで盛り上げ、ゴールデンカップスが登場、ミッキー吉野、エディ藩、マモルマヌー、大口との作詞作曲の佐藤隆、そして、ムッシュかまやつ+アラン・メリル(ウオッカコリンズ)のギターリフの冴えと、ストレートロックが鳴り響いた。シーナ&誠も飛び入りして、実力派のロッカーが集まったライブだった。楽屋はまるで同窓会のノリだった。

大口広司は、16歳にしてテンプターズのドラマーとして登場以来。1971年の沢田研二、萩原健一とPYGを組み、1990年にアラン・メリル、ムッシュかまやつと、ウオッカコリンズを再結成したりしていたが、映画俳優テレビ俳優としても数多く出演していた。また、絵画や写真もこなして才能の広さを見せていた男であった。大麻所持、破産と最後にガンに取りつかれたその人生は、破天荒と言えるだろう。

しかしこの夜集まった、仲間、ファンは、大口広司がみんなを一つにしてくれた事に感謝する声が相次いでいたのは、1人の男としての生きざまは、カッコ良かったと思えた事だろう。音楽というのは、その瞬間をひとつにしてくれるマジックが潜んでいる不思議さがある。特にロックミュージックは。

「Hiroshi、Hiroshi、Bakkyaroー」

【了】

■関連情報
http://blog.livedoor.jp/stone999/

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PJ 記者