SakuraFinancialNews

PJ: 池野 徹

「殴り合い」が人を育てた。亀田興毅対内藤大助。
2009年12月01日 07:00 JST


"Champ is to be champ" (TV 撮影:池野徹 11月29日) 

【PJニュース 2009年12月1日】ボクシングと言うスポーツはスポーツの中でも、一番原始的で過激で過酷なスポーツである。殴り合いで倒したら勝ちになる。肉を切り、骨を砕き、目を潰し、鼻をひん曲げ、脳髄を揺さぶり、腹をめり込ませ、内蔵を抉(えぐ)る、手と腕は速射砲のごとく繰り出され、太ももと足は終わり無きステップを続ける。脂肪を取り去り、骨に付いた筋肉だけに絞り込んで四角いジャングルに1対1で立つ。倒されたヤツは、血潮にまみれ、苦汁の泡を吹く。勝ったヤツは、心臓が脳天へと突き上がり、爆発して歓喜の瞬間で、その身体は震撼とした震えに浸る。これがボクシングをやる選手なのだ。

こんなスポーツがまだ存在している。それを見る観衆がいる。殴り合いを楽しむのだ。だからスポーツなのだが、しかしボクシングをやる選手は半端な肉体と精神では成り立たない。したがって、ノーマルな動機で、はじめた人は少ない。何らかの人生の屈折がきっかけで、人と殴り合う世界へと入ってくるのだ。ある意味、人間のぎりぎりのエッジに立った時に成り立つスポーツだ。受け手の観衆もぎりぎりのフラストレーションを一気に払ってくれる、人間殴り合いショーに熱がこもるのだ。

WBC世界フライ級タイトルマッチが11月29日さいたまスーパーアリーナで、世界王者、内藤大助の6度目の防衛戦として、挑戦者亀田興毅と因縁の対決をした。試合は、判定で亀田が新チャンピオンとなった。試合は、内藤の変則ボクシングが当たらず、亀田のカウンターパンチにやられた。年齢差もあったが内藤の大振りと亀田の防御のみが目立ち、山場を迎える事の無い試合だった。ただ、まじめな両者のファイトぶりが前面に出てはいたが、あの、亀田の傍若無人さと、内藤の変則剛打が影を潜めた、見方に寄っては凡戦だった。つまり観衆サイドを興奮のるつぼには持って行く事はできなかった試合である。

印象に残ったのは、試合後の亀田の、親父への思い、生母への気使い、家族への、そして、応援してくれた観衆への感謝、対戦相手の内藤への感謝を口にした亀田興毅がいた事だ。内藤も悔しさを口にしながら亀田を認めた。あの、2年前の亀田バッシングを内藤で始まり内藤で納めた形になった。まさに普通人ではあり得ない殴り合いで、その人間性を演じて見せたのである。時代は変わろうとも、このプリミティブな方法、殴り合いで人間同士は人間を取り戻せる事になったのである。

「興毅よ、必殺のパンチ力を。大助よ、人生のチャンプを。」

【了】

■関連情報
http://blog.livedoor.jp/stone999/

PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。

PJ募集中!みなさんもPJに登録して身の丈にあったニュースや多くの人に伝えたいオピニオンをパブリックに伝えてみませんか。



関連記事:
タグ:
pagetop

PJ 記者