PJ: 池野 徹
裁判員制度は、プロの低下を招くサボり行為だ。
2009年08月12日 09:02 JST
"Stop an Amateur Trial !" (制作:池野 徹) 
初の裁判員制度による裁判があった。やたらとマスコミメディアの注目を集めて、大々的に報道された。そして判決が言い渡された。その結果はどうだったのだろうか。裁判員導入で良い結果が出たのであろうか。この裁判の被害者は、納得のいく裁判だったのだろうか。
人が人を裁く事は、そんな簡単な事ではないだろう。真実を、確実な検証で、データで経験のある確かなプロフェッショナルが判断して、やっとその裁判の結果として受け入れられるだろう。納得する事ができるだろう。それでも正当な裁判であるかは分からない。
裁判員制度に踏み切った背景には、日本の裁判の問題点として、被告、原告、検察、被害者の関係を公平に正当に取り扱ってない事や、自由に正当な主張ができない事や、裁判官の資質が固い頭ばかりで、優秀な人材がいない事だろう。事件の割には、対応出来る裁判官が少ない事や、そこから来る甘い判断が多い事や、言えば官権的なものばかりで処理されて来た事。その正義感の欠如がある事などで、もっとプロフェッショナルとしてやるべき事があるのだ。
裁判の民間化が大切と考えているのは,間違いである。裁判こそ、人が人を裁く人権にかかわる問題だからこそ、アマチュア裁判員でなく、プロの裁判官が必要なのだ。商品売買の会社とは違う事だろう。そこを放棄して裁判のクオーリティを落として行く事は、裁判の席に立つ当事者になった時に分かるだろう。
裁判は、お国柄があり国によって制度が違う。その国の民度によっても違う。百たたきの刑もあれば、死刑の無い国もある。日本では選ばれた裁判員は、非常に人の刑罰をドライに判断出来る所に来ていない。厳然と個人の主張ができもしない国民性では、人を裁く事に、罪悪感だけを残す資質だから、まだ時間がかかるのだ。
事件の真相真実は、弁護士がますます強くなり、白黒逆転もいくらでもあり得る裁判になって行く。他の職業ならいざ知らず、事、人間の人権の白黒をつけるのだから、もっと本来の考え方での裁判官制度を構築しなければならないだろうと思う。
日本は、お気楽でノーテンキな国になっている。タレントが政治家になり、アイドルが評論家をしている。普通の人が裁判官になってよいのか。戦後アメリカ民主主義をはき違えている。みんなが受け入れれば良い、正しいものではないはずだろう。だから無責任なヤツがはびこっているのだ。アヴァンギャルド的アーティストには、オモシロい世界だけれど。
人間に欲望がある限り、その摩擦は絶えない。事件は起こるのだ。悪いヤツは悪いのだ。良いヤツは良いのだ。それを厳格に判断する知恵と人とシステムを創らなければ、身内を殺された被害者がいつも泣き寝入りで終わる世の中になる。正義は何処へ。
「アマチュア裁判員に説明する時間があるなら、真偽のためにプロの腕を見せろ。」
【了】
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