PJ: 池野 徹
優作が乗り移った「美由紀」。「松田優作SOUL RED Live」。
2009年08月10日 08:00 JST
"Miyuki Matsuda" (制作/撮影:池野 徹) 
【PJニュース 2009年8月10日】1988年、アメリカ映画「ブラックレイン」に出演し、膀胱ガンを抱えながらの鬼気迫るアクションの後、翌1989年11月6日突如の死。70-80年代を突っ走った希有(けう)な俳優、松田優作さんが死して20年。生誕60年を迎えた2009年、その記念プロジェクトとして、妻で女優の松田美由紀さんがプロデュース、現存する映画、テレビ、写真、未発表資料に、優作と親交のあった監督俳優の映像も収録。龍平さん、翔太さんの息子たちも登場する映画「SOUL RED 松田優作」が発表された。歌手としても親交のあった仲間と「SOUL RED LIVE-'09」もイベントとして行われる。その東京公演が8月7日「新宿ロフト」でスタートした。
ロフトの楽屋へ美由紀さんを尋ねた。明るい笑顔が迎えてくれた。美由紀さんと会ったのは1990年、優作さんを偲ぶ会があった時だった。その年、私は、銀座のコダックフォトサロンで、内田裕也さんのNew Year Rock Festivalのロック写真「PHOCK」を展示、その中に、優作さんの写真を黒リボンで飾っていたのだ。その作品を美由紀さんに渡したかったのだ。当時は打ちひしがれた仲間たちの中で、気丈に、桃井かおりさんと明るく振る舞う美由紀さんに、その健気さの印象が強かったのを覚えている。その後、「PHOCK-2」写真展に来てくれた美由紀さんが、マイケル・ジャクソンの写真を手に入れてくれたのだった。
「マイケルは残念だったけど、マイケルの写真は健在ですか」と聞くとうなずいてくれた。いつお会いしても変わらぬ笑顔は、明るくて、なにか、繋(つな)がって来た松田優作さんの無存在の中に存在感を秘めているような気がしてならない。美由紀さんは、今回のプロデュースのコンセプトをステージ上でも語っていたが、「20年を区切りとして、何かしなくては、何か伝えたい事がある。時は流れるが、映画や音楽を通して、ほんとうの実力ある人たちの本物の良さを、本当にかっこ良いものは何かを、今回のプロジェクトを通して、特に若者たちに松田優作の表現者としての志を伝えていきたい」と、ひたすら熱く力のこもったトークで語っていた。そこには、あの優作さんの声の響きが同調して聞こえるようであった。
ステージは、若手のBLack Bottom Brass Bandのホーンセクションがあり、元キャロルのU-Set内海利勝バンドのブルースがあり、最後に今乗っている、Flower Travellin' Bandのジョー山中さんが新譜のReggae Vibration-IVを引っさげて登場して場内を盛り上げた。ジョーさんは、優作さんとは、1977年「人間の証明」で知り合い、ジョーさんの「雨の日はブルース」の曲を優作さんに捧げている。そのエピソードと絆の話があり、その間、インターミッションに、松田優作さんの往年のライブ映像が、ハードロックをバックに流れた。
観客の中に入り、美由紀さんは踊っていた。最後まで。若さと、その美しさと、カッコ良さは、美由紀さんのコンセプトそのものである様に見えた。喧騒(けんそう)のハナキンの新宿歌舞伎町は、時折、豪雨ありの夏の夜だった。
”雨の日はブルースがお似合いさ”
【了】
■関連情報
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9/12東京キネマ倶楽部 http:// www.kinema.jp
9/21恵比寿Liquid Room http://www.liquidroom.net/
10/23名古屋クラブダイヤモンドホール
10/31横浜Bay Hall http://www.bayhall.jp/index.html
11/6大阪名村造船所跡地 http://www.namura.cc/blackchamber.html
http://blog.livedoor.jp/stone999/
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