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PJ: 池野 徹

真夏前のシャイな「グアム」に魅せられて。
2009年07月14日 08:29 JST


"Guam Before Summer" (撮影:池野 徹) 

【PJニュース 2009年7月14日】久しぶりに海外へ行った。海外と言っても日本に近い島、グアムに行ったのである。ちょっとした国内旅行より、3時間半で手軽に行ける。実は、グアムにはコマーシャルの撮影のために、70年代、80年代に行っており、今回が20年ぶりの5回目である。グアムというと、お天気狙いのピーカン撮影ができて、海のきれいな島で、他に何もないというイメージが強かった。海の写真を撮る事を目的に、ちょっとリラックスして来ようと出掛けたのである。

成田空港に着く。第1ターミナルは、ウイークデーのせいか、閑散としていて、こんな空港は経験した事はなかった。North Westに乗ったのだが、中身はすべてDeltaに変わっていて驚かされた。Northのマイレージカードが通用したのは良かったけど。ボーディングパスも、モニターに向かって自分でチェックするとペラペラのチケットが出て来る。出入国カードも不要になっていた。しかし、セキュリティチェックは、リキッド状のものは、所定のビニールバッグに入れて100mg以下の容器10本までとされていた。110mgの容器1本が没収された。目方より中身のチェックではないのか。

いつも引っかかるセキュリティチェックは金属チェックされ、何とシューズまで脱がされる。ゲートは覚悟の上で、ボディチェックされる。よく、フィルムのチェック拒否をして国によっては、大騒ぎになった事もある。出国審査で、サングラスを外されやっとフリーになる。パスポートには、ICカードが付いているが、見たところ使用していないのも変だけど。グアムでの入国審査は、両手の人さし指の指紋を採られ、写真まで撮られる。拒否したらどうなるのだろう。年の功ですべて穏便に済ませたが。

1977年に初めてグアムに、陽の出の勢いのPINK LADYを連れて、コマーシャル撮影に行った。飛行機の中で客に応えてサービスに「ペッパー警部」を踊ったりした、あどけない少女だった。恋人岬をバックにタモンベイでシューティング。当時、日本のホテルは、フジタタモンビーチホテルと、第一ホテル、オークラホテルしかなく、老舗のクリフ、ヒルトン、コンチネンタル、リーフと数は少なかった。今回来てわかったのは、懐かしのフジタホテルが空き地になっていたこと、一時は、27以上40位まで増えたホテルで、ホテルロードができていた。地震と台風に経済不況が追い打ちして、80年代から栄えたグアム観光地は00年代を境に陥落を余儀なくされている。

あの何もなかったグアムが、観光地として87パーセントにも及ぶ日本人観光客を受け入れる島になっていた名残があるのにはいささか驚かされた。お決まりの世界の高級ブランド店が立ち並び、巨大ショッピングモール、飲食店、ファッションビルが並んでいる。問題なのは、ホテルにとって代わり、ベイを見渡す景勝地に、高層マンションが乱立し始めている事だ。地元の人も痛しかゆしで観光で島の発展を考えていたのが、当てが外れたと言っていた。

グアムは、250年ものスペイン統治時代から、アメリカスペイン戦争でアメリカの領土になり、第2次世界大戦中、1941-44年には、日本が占領して「大宮島」と呼んでいた。日米戦争で、日本人2万人以上、米人5000人の犠牲者を出した激戦地の名残はまだあるが、忘れてならない地であろう。現在はアメリカの自治州で、大統領選挙権はない。日本が近国で、トヨタをはじめ日本製品が溢(あふ)れているが、その他は全くのアメリカナイズされている島である。日本の沖縄の米軍基地がその司令部をグアムに移転する事が決まっており、どう変わって行くのだろうか。地元でも経済的波及をはかりかねていると言う。

グアムを有名にしたのは、1972年に突如ジャングルから現れた日本兵、横井庄一さんだった。「恥ずかしながら生きながらえ帰って参りました」と言った。1982年から、プロ野球巨人軍がキャンプを張った。フジタホテルには、三浦友和、百恵夫妻、坂本九、都はるみらが常連で、はだしで生活していたそうだ。グアムには、本来が主流のチャモロ人とスペイン時代の混血が多く、家族は子だくさんで、平均5人以上の子供がいる。ガンとか大病を手術するには、日本かハワイに行かないとだめだそうである。いずれにしても、メインは、日本人の観光客である。70年代には、暑くて海がきれいだけだったが、一大観光地としてピークを経て、日本と同じくやや寂れかけている状況だ。そんな所が残っているのは確認出来た。

しかし、ちょっと気分を変えてリゾートを楽しむには絶好の場所と言える。来た季節が、雨期である事もあり、快晴が期待出来なかったが、ロコイングリッシュがご愛嬌(あいきょう)の住民たち、サンドイッチと珈琲が美味しいお店とか、日本では見つけられない伝統ファッションのお店、レゲエを始めミュージックスポットも楽しめる。ちょうど、マイケル・ジャクソンの追悼が行われたロスアンジェルスからCNNが一日中放映していた。行った事のない恋人岬にも行ったが、眼下に見えるタモンベイの鏡のような海面、チリメンのごとき微かな波頭。弓なりのベイに続く白いサンドは、何にも増して、ヤシの木が風に揺れているのが景色だから、日本では味わえない日常が存在する。心安らぐ気分に浸れるのは不思議である。ちょっとした小さな異国は十分感じられる。パソコンを止めてリフレッシュするには最適である。

「ややグレイの雲と、浅葱の海面と、寂れたホテルと、シャイにシャッターは響いた」


【了】

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PJ 記者