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PJ: 池野 徹

真実のシャウトは、プライベートであっても、「オピニオン」として成り立つ。
2009年05月03日 05:29 JST


"From, Sharp" (制作:池野 徹) 

PJニュースのオピニオン記事のジェネラルな形に対して、ニュースの形になってないとか、取材性が無いとか、プライベートで一般性がないとか、一般的な主要なニュース記事に比べてニュースの書き方の作法が違うとか異論を唱(とな)える人が多い。つまり、ニュースになってないと、コンサーバティブな考えから抜け出せない輩が多い。記事と言うものは、生きているからこそ、生っぽいからこそ、臨場感があると思う。みんなと同じ記事なんてくそオモシロくもない。

 パブリック・ジャーナリストのオピニオン記事は一人の人間の主張であり、個人的な意見であり、小さくても叫ぶ意義がある記事でありたい。この個人的な主張が書く事の、表現する事の、主張する事の、一般的なマスコミ的な流されてた、コントロールされた記事に対するアンチテーゼになるのだ。かつての時代、主要メディアが傀儡(かいらい)的になり、国民を騙(だま)した事実があることを忘れてはならない。戦争を知らない世代は感じないだろうが、ポリティックスにコントロールされた時代が厳然とあったのだ。右向け右になっていた国民が居たのだ。

 だから、小さくても、あるいは情けなくても、個人的なオピニオンは最後の砦(とりで)になる大切なオピニオンなのだ。また見方を変えれば個人的でプライベートが強いと言う事は、人々にある種の関心を呼ぶ要素にもなる。一人の人間の書く創造性も、はかる事ができるというものである。

 もちろんニュース性に欠けて、ぐだぐだと自己自慢に近いひけらかしだけとか、ボキャブラリーの不足した安っぽい記事であってはならないのは当然である。人々に興味を引くとともに、影響力を与えるものでありたいものである。ただ、そのオピニオンと意見の違うのは当然ある事で、それには、堂々と反論するディベートスピリットがある必要はある。

 主要メディアのニュース記事の正統派は「事実」さえ伝えていればという態度だが、人々にアピールする、読んでもらう記事造りを置き去りにしている、つまらない記事が多い。ジャーナリスト個人の人間が書いている記事を忘れないで欲しいものだ。

 PJニュースのオピニオン記事のクオーリティアップは当然だし、PJニュースの看板記事になる、PJニュースのポジショニングに貢献するのは必至であると思う。

「オピニオンの原点は、人間の存在だ」

【了】

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