PJ: 池野 徹
運命をローリングする、生証人の「金賢姫」
2009年03月16日 08:18 JST

"Keep Rolling ! "(制作/デザイン:池野 徹) 
今ここに見つめている現実は、小説でも映画でもない、まさにリアルな光景なのだ。しかし、フィクションならわかるが、リアルタイムでの数奇な運命にというより、国家にもてあそばれた普通の国の人が、運命を背負い眼前に登場している。21年前に起きた大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元死刑囚が韓国釜山で北朝鮮拉致被害者の田口八重子さんの兄、飯塚繁雄さん、息子の飯塚耕一郎さんと公の席で対面した。
1978年頃、田口八重子さんが北朝鮮に拉致されて31年目を迎えている現在、いまだにその真相が解決されずに悲劇の対面劇を演じているのだ。国はその間何をして来たのだろうか。それだけでも、金賢姫さんにも、拉致被害者に対しても、国家の無責任さ、恐ろしさ、むなしさがある事は、まぎれもない事なのだ。
扉が開いて、慌ただしい動きの、韓国護衛人の中を、静かに、ショートヘアの、黒か紺の詰め襟スーツを着た白面の金賢姫が、伏し目がちにしかし、まっすぐ、壇上の飯塚兄、息子の方へ、近寄った。兄の紹介で息子耕一郎さんを紹介すると、「抱いてもいいですか」と耕一郎さんを両手で抱いた。金賢姫の目に涙がにじむ。このハグした行為がすべてを物語っていたと思えた。金賢姫のこれまで生かされて来た人生の、覚悟と居直りが見て取れた。
金賢姫は、北朝鮮を意識して、韓国を気遣って、日本を思いやって、その三国への、慮(おもんぱか)りを無言の抱擁で、世界のメディアの前で演じたのだ。そこには、彼女のすべてが、表現されていたと思えたのである。
メディアの前に12年ぶりに登場した金賢姫は、韓国民からは罪悪人であり、北朝鮮からは裏切り者であり、日本人からは生証人である。時を経て見る金賢姫は、その容姿は陰影を引きずっていたが、ある種の見る事のできない美しさがあった。それは、運命に流された一人の女の、一挙手一動と発言が、計算された聡明な女と見えなくもないが、すべて彼女の人間性から出たものと思えたのだった。耕一郎さんは、「韓国の母になる」と言ってもらえた事に喜びと安堵の少年の顔が素直にあった。
金賢姫は、北朝鮮の工作員、つまりスパイ諜報員として、その美貌の容姿に加え、外国語をこなす聡明さもあった。この席上で、北朝鮮のテロのために罪を犯したのも、まぎれもない自分自身であると、生証人の主張もした。歴史上の女性スパイは過去にもある。昨年、北朝鮮の脱北者を装い、元正花北朝鮮工作員が韓国軍部で、日本にも来て色仕掛けで諜報活動をして、逮捕された。
その昔、マタ・ハリという美女のスパイがフランス、ドイツを手玉に取り、最後は銃殺されている。日本でも満州事変の頃、川島芳子という、清国王朝の皇女でありながら、日本とのスパイ行為で銃殺の運命に遭っている。昔から、日本にも「九の一」といわれた女性忍者がいて、男世界を撹乱、惑わせていた。「Honey Trap」(蜜の罠)と呼ばれ、戦時体制国家のスパイとして、諜報活動に従事した、女性諜報者がいた。いずれにしろ、国家に洗脳された犠牲者でもある。金賢姫も同じ運命を生きているのだ。まさに一人の女性としての立場と言うより、生かされている見本の立場にあるのだ。
同じく多数の拉致被害者も過酷な運命にさらされ、ミステリアスな世界に現実として生きている人たちがいると思うと、「事実は、小説より奇なり」と言わざるを得ない。
♪名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実ひとつふるさとの岸に♪
【了】
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