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PJ: 葦乃原 光晴

市民メディアと新聞の今後。
2009年01月12日 06:08 JST

平成20年12月25日(木)の読売新聞に、「シンポジウム『情報の海』第3回『新聞』という船」と題する記事が紙面の1ページを割いて掲載された。これは、12月13日に東京大学で開かれたシンポジウムの内容を掲載したものだった。基調講演は、読売新聞東京本社会長の滝鼻卓雄氏と、ジャーナリストで東京大学大学院情報学環特任教授の立花隆氏が行っているが、滝鼻氏が市民ジャーナリズムについて気になることを話している。以下に記事を抜粋する。

 最近よく「市民ジャーナリズム」ということが言われるが、こうしたものは成立するのだろうか。プロとしてのジャーナリズムに素人が手を出すのは危険だと思う。「ネット・ジャーナリズム」といわれているものの中身は玉石混交であり、興味本位、過度の好奇心というものもあれば、他人を誹謗中傷する書き込みもある。ジャーナリズムは高度に訓練されたものだけが到達できる職業だ。お代をいただいている言論商品である新聞には、素人が参入すべきではない。情報収集能力がなく、事実の質も担保されず、的確な価値判断を下す能力の訓練も行われていないからだ。

 また滝鼻氏は、ジャーナリズムの仕事として次の三つをあげている。第一は「大衆が知りたいことを誰よりも早く正確に偏見なく伝えること」で、第二は「大衆が一定の方向に走り出そうとしたときに、新しい見方や考え方を提示すること」で、第三は「ニュース価値を発見すること」だという。

 わたしは、このシンポジウムの内容については新聞記事を読んだだけで、講演内容すべてを聞いた訳ではない。また、読売新聞東京本社の会長が「『新聞』という船」と題したシンポジウムの基調講演で発言した内容に正面切って反論するつもりもない。しかし、PJニュースの記者として記事を投稿している立場から、やや違和感を抱いたので、わたしの意見を書いてみたい。

 市民ジャーナリズムの実態についてPJニュースを例に取って考えてみる。PJニュースは「市民主体のジャーナリズム」で、プロはほとんど居ない。また、全員がフリーのジャーナリストという位置付けで、その能力は個人差が大きい。当然、情報収集能力も限界がある。記事の内容は事実だが、どの程度掘り下げてあるかという部分は記者によってさまざまだ。大手新聞社の記事とは信頼度合いや深みが違う。しかし、価値がないとは言えない。

 PJは自分の身の回りに起きたことをニュースとして伝えるので、それは大手メディアが伝えない部分でもある。また読者は、PJニュースの記事が、プロの記者が書いたものではないと分かった上で読んでいるので、オピニオンなどは、「この人の考え方はこうだ」というとらえ方をしてくれていると、わたしは推測している。

 市民ジャーナリズムの記事の中には滝鼻氏が指摘するように、玉石混交、興味本位、過度の好奇心と感じる記事があるかもしれないが、ジャーナリズムはプロだけのものとか、素人が参入すべきではないというのは、言い過ぎではないか。市民にも表現の自由があるのだから、市民ジャーナリズムを否定するような意見に、わたしは違和感を抱いたのだ。

 読売新聞は滝鼻氏がジャーナリズムの仕事としてあげた三つについて、立派にやり遂げているということだろう。読売新聞に限らず、大手新聞社には情報収集能力があり、価値あるニュースを発見し、正確で偏見のない記事を書くだけでなく、大衆をリードする見方や考え方を示せるプロのジャーナリストが多数在籍しているようだ。しかし、一部の新聞記事にはフライングと思える報道があった。例えば昨年、衆議院選挙の11月実施が確実と誤解しかねない報道がそれだ。また、捏造(ねつぞう)や盗用などの不祥事も度々起きていて、一般の人々の新聞に対する信頼度が落ちてきている。新聞社も、見直すべき点が多々あるとわたしは感じている。

 新聞は今、厳しい環境下に置かれている。新聞を購読する人も広告収入も減少傾向にあり、経営は厳しいようだ。シンポジウムのパネリストとして参加した読売新聞東京本社メディア戦略局次長の藤田幸久氏は、「新聞が大変厳しい状況に置かれていることは承知している。対価をいただく手段として紙だけでなく、いろんな形を一生懸命模索している」と発言している。しかし、市民ジャーナリズムの主な形態であるネットニュースの経営環境はもっと厳しいようだ。先日会ったJanJanニュースの記者も、「JanJanの経営は厳しいそうだ」と言っていたし、PJニュースも例外ではない。いかにして収益を上げるかということが、新聞でも市民ジャーナリズムでも大きな問題になっている。

 市民ジャーナリズムは新聞に取って代わろうとはしていないし、代わることなどできないだろう。また、紙媒体としての新聞は形を変えてゆくかもしれないが、前出のジャーナリズムの三つの仕事の担い手として、新聞社が重要な位置を占めることは今後も変わらないだろう。

 インターネットが発達し、誰もが安価に情報発信できる社会になった現在では、市民ジャーナリズムという形が消えてなくなるとは考えにくい。PJニュースとか、JanJanニュースとか、今ある各社が離合集散や、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返しながら全体的には発展していくとわたしは考えている。そういう状況の中で、PJニュースが今後も発展してゆくことを、わたしは願っている。【了】

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