PJ: 安居院 文男
「国旗と党旗への反論」にお答えする
2009年08月26日 08:00 JST
【PJニュース 2009年8月26日】20日配信の「国旗と党旗」に、23日にPJ平藤さんから反論をいただいた。まず、民主党のロゴマークについては、PJ安居院の確認不足で、平藤さんの言われる通りだ。何件かいただいた匿名のコメントに対しても、ご指摘感謝したい。円があれば、完全な円だと思いこんだのは、PJの誤認であり、平藤さんの追及を奇貨として、お礼を申し上げたい。鳩山代表が神聖なシンボルと思っているという点も、平藤さんが指摘された通りだ。
平藤さんの言われる通り、国旗も党旗も、過剰に神聖視する必要はないことも正しいと思う。「国旗と党旗」のいま一つの趣旨は、ブール代数の集合のような円が二つではない党旗は、大変作りにくいものだろうということだ。党員として、この旗を作るのに適当なものがないから、日章旗をはり合わせて作ったとして、それが悪意をもったものでないとすれば、日章旗を切ったこととは別に、そんな作りにくい党旗で、神聖なものならば、各支部にあってしかるべきではないか。それを用意していなかったことを何と考えるのかというのが趣旨だった。間違いを犯した者を責めるのは、誰でもできるが、なぜ間違いを犯したのかを考えるのが、友愛の精神ではないのかと言いたかったのだ。
PJは政党の党員にはなっていないので、民主党の友愛という言葉も、普通の意味でしかとらえていないが、まず、人を非難し他責にするのは、友愛とは違うと考えた。国旗に関しては、「どの国の旗も染料と布の固まりであり、それを国旗とするかどうかは、法律や、歴史が決める」と言っているのであり、「材料を分解して『染料と布の固まり』と断じて」いるわけではない。つまり、歴史や、法律が物理的なものを規定する、とお答するにとどめたい。
心についてだが、ごく親しい人への思いと言うようなものをのぞけば、心を見た人は、誰もいないのでPJにもよくわからない。信条とか、考え方とかなら、多少はわかるような気もする。PJにとって、わかりやすいのは、行動といえば良いだろうか。
特に、日本人は個の意見より、集団で動いてしまう傾向があるのではないか。心という言葉と関係あるかどうかわからないが、個の行動を、集団の行動が押しつぶす傾向があるように感じる。何にでも、日章旗と君が代が付いて回るようになる社会が、窮屈でないかどうかは、昭和17年末から、昭和20年半ばまでの「暗黒日記」などに書いてあるが、そんな社会を望む人はいない、ところが危ないのではないか。【了】
■関連情報
PJニュースは一般市民からパブリック・ジャーナリスト(PJ:市民記者)を募り、市民主体型のジャーナリズムを目指すパブリック・メディアです。身近な話題から政治論議までニュースやオピニオンを幅広く提供しています。
PJ募集中!みなさんもPJに登録して身の丈にあったニュースや多くの人に伝えたいオピニオンをパブリックに伝えてみませんか。

