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PJ: 安居院 文男

南北戦争の後、野球は日本に来た
2009年08月15日 06:05 JST


神保町の野球発祥の地碑。後ろは学士会館 (撮影:安居院文男、8月13日) 

【PJニュース 2009年8月15日】甲子園では高校野球がたけなわだが、雨にたたられて予備日を二日使ってしまった。最近、ようやく夏空が安定してきたようだ。2016年に行われるオリンピックの種目から外されたものの、日本で一大スポーツ、エンターテインメントになっている野球だが、いつから始まったのかという質問には、東京・神田に日本の野球発祥の碑がある。

野球のボールを投げるときの手首をかたどった、高さ2メートル近い彫像が、東京・神田神保町の学士会館の横にあり、日本野球発祥の地と書いてある。それによると、1872年(明治5年)東大と、その前身だった開成学校がこの地にあり、アメリカ人教師、ホーレス・ウィルソン氏が学科の傍ら生徒たちに野球を教えた。当時30歳前だったウィルソン氏は、アメリカメイン州出身で、南北戦争に従軍した後、日本政府と契約して来日した。140年ほど前のことだ。

明治6年には、校舎と同時に、立派な運動場ができ、本格的な試合ができるまでになった。これが日本の野球の始まりと言われている。76年に京浜地区に住んでいたアメリカ人チームと、国際試合をした記録もあると言うことだ。

野球好きで有名な正岡子規は、明治17年(1884年)東京大学予備門(のち第一高等中学校)に入っている。ポジションは捕手だ。ウィリアム氏は77年には、帰国しているから、会ったことはないのだろうが、同氏が教えた野球は、開成学校から各地の学校に伝わり、全国的に広まった。2003年、ウィリアム氏は野球伝来の功労者として、野球殿堂入りしている。ちなみに、正岡子規はその一年前、2002年に野球殿堂入りしている。

天から甲子園を見ながら、2016年のオリンピックに野球が漏れたことを話し合っているだろうか。【了】

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